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「遺伝子の不都合な真実」安藤寿康

 

遺伝子の不都合な真実―すべての能力は遺伝である (ちくま新書)

遺伝子の不都合な真実―すべての能力は遺伝である (ちくま新書)

 

 「もしここで『ガタカ』のように、若禿や近眼の遺伝子診断ができるようになったとしましょう。はたしてこれらは排除すべき『疾患』でしょうか。(中略)遺伝子それ自体は40億年も前からの来歴をもっていまここに存在しています。それに対して、いまの私たちがたまたま住んでいる社会や文化の価値観で貴賤をつける資格がいったいどこにあるのでしょうか。」

(第3章「遺伝子診断の不都合な真実」105ページより抜粋)

 「こうなると自由競争や能力主義を正当化する理由を再検討しなければならなくなるのではないでしょうか。初めから持っているパイが違い、しかもそれは初めだけでなく、人生のあらゆる局面で、それぞれ予期せぬ形で内側から適応条件の差異を作り出しているからです。それでも自由競争をよしとすれば、優生社会を手放しで容認することになるのではないでしょうか。これが遺伝子の時代に私たちに突きつけられる社会的、倫理的、政治的問題になるのです。」

(第4章「遺伝子と教育の真実」198ページより抜粋)

  2012年第一刷発行の書籍ですから、もうこの書籍で扱われているくつかの遺伝子解析の内容も最新のものに書き換わっていることでしょう。ここ数年の遺伝子検査ブームは、すごいですよね。アメリカでは特にミレニアム世代に人気で、誕生日プレゼントやバレンタインデーに、お金を出して相手に検査を受けさせてあげたりするんだとか。

 それくらい遺伝子検査の結果が信頼がおけるに足るものとして変わってきたということなのでしょうか。それともコストが下がったというだけなのか。この書籍が執筆された時点では、遺伝子検査も「解釈によって、どうともとれる」というようなタロット占いみたいな印象ですが・・・。

 この本は、私にとっては、「今まで誰も語りたがらなかった真実を知って目からうろこ」という内容はあまり無く、「やっぱりね」と言うしかない内容満載でした。よく考えると当たり前のことを、本をまるまる一冊使って、一生懸命科学的に説明しようとしているだけです。そうなんですよ、顔や姿かたちがこれだけ一人一人違って、毎日生きていてその外見の影響を受けまくっているわけですから、能力や性格に遺伝の影響が無いわけが無い。著者の言いたいことは、「当たり前のことなんだから、タブー扱いしないでほしい」、「科学的真実が差別につながる社会が悪いんだ」、そして「もっと行動遺伝学(←筆者の専門)の重要性を理解してほしいんだ!!」でしょうか。 文系学部は予算とるの大変ですし、「社会にインパクトを及ぼす研究をしているのに、結果を声高に言うこともできないなんて」というお気持ちがひしひしと伝わります。

 でも、「未来の年表」を読んだ時も同じ読後感でしたが、「未来の年表」よりもさらに「問題提起だけして解決策なし」です。いや、「未来の年表」は、解決策がしょぼいと失笑されながらも、必死で具体案を筆者が考えていくつか提示していた。この本では、「このままの教育でいいのか、社会でいいのか」だけで、「では、どのように教育を変えて行ったらよいのか」に関して、具体的な提案も無く、教育学と行動遺伝学の専門家である筆者の貴重なバックグラウンドが活かされた記述が無いのが残念だった。たとえば、文中に出てくるスズキメソッドを例にあげるなどして、「メソッドのこの部分が遺伝子の差異を考慮していないから、そこをこのように変えればもっとよくなる」というような考察が欲しかった。

 そして、身内に精神病や発達障害、家系的に引き継がれている重病の方がいらっしゃる人には、読むに厳しい本でもあります。私は、子供のうちの一人が重い発達障害で、「私にその要素があって引き継がれたのだろう」と全員子供を産み終わったあたりで気がついたのですが、そんな私にとってはこの本はホラーです。 残りの定型発達の子供たちも、結婚し子を持ったら、発達障害の可能性が高いということなのか。本人たちにそれを言うべきなのか。遺伝子検査でそれがわかるなら、するべきなのか。重い現実を突きつけられます。

 筆者は、遺伝子的にそういったことが証明されたとしても、その特性を知った上で個々人が幸福を追求できる社会や教育を求めていますが、現在進行形で発達障碍児を育てていて、そんなユートピアはないだろうと思ってしまう。 『ガタカ』のように、遺伝子操作ができるような未来になったら、私も息子もまっさきに切られる、生まれてこない存在なんだろうなと暗い気持ちになりました。 

 自分でもバカなことを言っているなあとは思うのですが、遺伝の影響をコントロールして幸福になるために、双生児研究で遺伝の影響を強固に主張するより、両親に見られなかった性質を生後に発揮した人たちの例を研究するのも大切だと思うのですが、どうでしょうか。トンビが鷹を産んだとか例えられるような、親より大きく成功した人、突然変異的に才能を発揮した人たち、特に音楽家がいる家系でもないのに音楽の才能があったりする例なんかです。二世棋士があまりいないことからもわかる通り、将棋の才能も遺伝じゃないと言うし。そういった人たちは、いかにして自分の才能に気付いたのか、それを延ばしたのか、その研究の結果をまとめた本を読んだ方が、私のように遺伝の影響で今の社会で負とされる性質を確実に持っている人や、子育て中に人には希望が持てるような気がします。変えられない遺伝のことばかり考えるより、変えられることの方を考えたいです。

 自分に関する遺伝を知った上で絶望せずどう幸せになるか、その部分に関してはあまりヒントは得られず、心をかき乱されただけで終わった本でした。

 そして、この本で、改めて映画「ガタカ」が傑作だったことを思い知らされました。