THE X-CHAPTERS / Xチャプター

米国から本の話題をお届け

「邪魔」奥田英朗

 

邪魔(上) (講談社文庫)

邪魔(上) (講談社文庫)

 
邪魔(下) (講談社文庫)

邪魔(下) (講談社文庫)

 

 人生の落とし穴に思いっきり落ちて、どこか知らない世界に突き抜けちゃった人々 - 「邪魔」奥田英朗

  奥田英朗大先生(とても楽しませていただいているので大先生とお呼びします)の初期のいわゆる「漢字二文字シリーズ」(「最悪」「邪魔」「無理」)の中の一作品。多彩な作風で売ってる奥田大先生の作品群の中で、このシリーズは「重い」「暗い」「読後感がちょっと・・・」と言われつつも、「この頃が一番面白かった」としつこく言うファンが多い。

  奥田大先生は、エッセイとか読むと、偏屈で庶民をバカにしているような冷酷な嫌な奴で絶対友達になりたくないと思ってしまうのだけど(むこうだってお断りだろうけどさ)、やっぱり面白いので手にとってしまう。 長編のイヤミスは今はちょっと読みたくない気分の日々が続いて後回しにしていたのだけど、ファンとしてと重い腰をあげて(?)、「最悪」→「邪魔」の順に読んでみた。

 「邪魔」、そんなに暗くて重くて読後感が悪いですかね。私は、不思議な突き抜け感を感じた。 ただただ不幸になってなんの救いも無く終わる、という小説ではないと思う。主人公である刑事の久野と恭子の境遇は、まさに人生は「一寸先は闇」、次の一歩で誰だって落とし穴に落ちてしまうかもしれないのだということを思わずにはいられない。人生で家族を持つなり、誰かと深く関わって生きるとする。でも、その人々の選択や災難を、自分は完全にコントロールすることはできない。それなのに、それらが自分の人生を、自分と言う人間そのものまでもをがらりと変えてしまう。一蓮托生の恐ろしさ。

 久野の方は、とにかく痛々しい壊れ方。奥田大先生らしく、さらっとドライに書いてはあるけれど、久野のような境遇に生きる方は社会で常に一定数いるはず。明日の自分かもしれない。 下巻での驚きの新事実発覚は、まったく予想していなかった。奥田大先生の数ある作品の中でも、こういった展開は珍しいのでは。主人公の痛々しさが頂点に達する。これは辛い。見守る周囲もこれは辛過ぎる。ここで、主人公を表となり影となり気にかけて支えようとする佐伯主任がナイスキャラ。緊張感の連続のこの小説の中で、出てくるたびに「おぬし」連発で読者の力を抜いてくれる存在。重松清なら、ものすごくくっさいエピソードにしそうな境遇のキャラだけど、さすが奥田大先生、そういったウェットな展開にはせずさらっとドライ。奥田大先生は、読者を笑わせようとしている意図を感じることはあるけれど、「泣け!ここで涙だ!感動だろう?」という意図をまったく感じない。むしろ、それを避けている。そこがいい。 

 それにしても、奥田大先生はサディストか。両方の主人公とも、意図せぬ転落や泥沼へのはまり方がすごい。前半の久野の身に覚えのない恨みをどんどん買う展開、恭子の市民運動への傾倒ぶり、読みながら「そっち行っちゃダメだって、ヤバいってー!!」と心で絶叫したくなる。恭子のほうは、もうなんというかコメディかというくらい突き抜けてしまって、別の人間になっていく過程がすごい。 ここまでフィクションの登場人物に感情移入できるのも、やっぱり、「どんな人物か」をしっかりと丁寧に、過去から日々の暮らしまでが書きこまれているからこそ。 若い作家の書く、はりぼてのような登場人物と違って、まるで実在の知っている人物のように感じられる。 こういう小市民のドラマを書かせたら、奥田大先生はやっぱりすごい。 昨今は凄惨な連続殺人事件とかで読者の興味をひっぱるミステリが多いけれど、そんなの無くても、のめり込んで読むのがやめられなくなる。

 しかし、「最悪」でもそうだったけれど、丁寧に丁寧に進めて来て、最後だけ今までの4倍くらいのペースで物語が展開して、ばたばたと終わるのが少し残念。「ここまで頑張ったけど売れっ子作家で次の企画の依頼もどんどん来てるし、もうこの小説はこのへんでいいや!ええい、終わらせちゃえ!」みたいな雰囲気が「最悪」「邪魔」両作品の最後にある。「無理」はそうではないことを祈る。 あと、小市民が追い詰められて追い詰められて、プツッとキレて暴挙に出るという展開、大先生のほかの作品でも多くて、既視感が多少感じられる。「マドンナ」とかまるごと一冊その展開の短編だけ集めたものだし。「最悪」も、プツッとキレて説明不能な行動とる登場人物が最後のほうにいた。

 とは言え、奥田大先生の人生経験、人間観察力、想像力が結集した本作品、やっぱりやっぱりおもしろかった! 読んでよかった。