THE X-CHAPTERS / Xチャプター

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「銀齢の果て」筒井康隆

銀齢の果て (新潮文庫)

銀齢の果て (新潮文庫)

 

  いつもの筒井康隆を貫いていて、中身はエログロ、スラップスティックSFなので、まじめで上品な人は間違っても読んではいけない。ちなみに私は、まったく問題無く読めてしまった。これでいいのか。

 この本の出版時、筒井康隆さんは72歳。執筆時は、70歳くらいか。70歳で、この「75歳以上の老人たちによるバトル・ロワイヤル」を書いた筒井康隆。確かにこれを若い作家が書くのはちょっと微妙。70歳を超えてますます磨きがかかっている馬鹿馬鹿しさ、攻撃性、スピード感・・・これが書けるのは日本に彼以外いないのでは、と思う。

 この小説は、普通の小説にあるような、「ここからは、今まで描写されていた空間や時間と別のところへ行きますよ」というような“空白行一行つきの改行”が意図的に省かれている独特の文章になっている。つまり、ある登場人物のセリフのカギかっこが終わり、次の行で、まったく別の場所にいある別の人物の会話が唐突に始まっていたりする。そういうやり方で、多数の人物、多数の場所のドラマがぱっぱっぱっと繰り広げられてゆく。当初、このスタイルがわからず、「ん?これは誰のセリフだったの?」と多少混乱して数行読み返したりしてもたついたけれど、理解して慣れてしまうと、この縦横無尽に物語を行き来するスタイルが、この小説にぴったりだと感じ好きになった。 このスタイルが、物語全体にすごい疾走感を出していて、読後、自分も何か過酷なレースを走ったような感覚になる。

 「らっしゃあももんが」、「どはたま」、「ほんぎゃらあんさん。ふんだあらんか」、「かんくらいってんいてててててててててて」、「ほにゃらいけんか」等々、断末魔、あるいはとどめを刺す時の意味不明な音声が、しばらく頭にこびりついて困惑した。 

 あえて、気に入らないところを上げるとすれば、主人公のキャラクターが「旅のラゴス」の主人公とまるかぶりしている感じがするところか。作者自身か作者の理想が投影されているのか、話し方から何から同じに思える。ラゴスが歳とったら九一郎になりそう。

 しかし、この人の小説は、娯楽に徹していながら高い知性や教養に裏打ちされていて、なにかしら考えさせられるものがたくさん残る。捕鯨や小人プロレスについてなど、登場人物の名を借りて、作者の考えが主張されていておもしろい。ヒューマニズムの名の元に自分の考えを述べづらい世の中が、本当に嫌なのだろう。相変わらず、がんがん言いたいことを書く。炎上上等という感じ。でも、どこから切っても健全・安心なジュブナイルもたくさん書いていらっしゃるわけだし、とにかく巨大な才能をリアルタイムで読めて幸せ。