THE X-CHAPTERS / Xチャプター

米国から本の話題をお届け

「幽霊人命救助隊」高野和明

 

幽霊人命救助隊 (文春文庫)

幽霊人命救助隊 (文春文庫)

 

 突然、「アジャパー」と古めかしいギャグが頭に浮かんで精神の統一を妨げた。これはいったいどういうことだ。自分が狙撃手に抜擢されたのは、射撃の腕のみならず、常に冷静沈着な資質が買われてのことだ。なのに、失敗が許されぬこの局面で、どうして「ゲバゲバ・ピー」などとナンセンスは文句が浮かんでしまうのか。「キビシィーッ!」と心の中で叫んで笑い出しそうになってしまった。

(「第四章「大車輪」439ページより抜粋)

  自殺、自死を真剣に考える本です。でも、なぜか楽しいという不思議な作品。

 

 「13階段」に続いて読んだ高野和明さん作品ですが、「13階段」では死刑制度の是非をどちらにも偏ることなく注意深く扱い、読者に答えを委ねて問題提起で終わっていたのに対し、本作では明確に「心情は深く理解するが、絶対ダメ」と真っ向から自殺行為に反対している。世の中から自殺・自死を無くしたい、減らしたい、小説を通して、苦しんでいる人になんとか働きかけたいという作者のまっすぐな思いを感じる。「まあ世の中いろいろあるし、しょうがないよね~」、という妥協した感じは無い。心の強い人の上から目線のお説教ではなく、徹底的になぜ何が人を自殺・自死に向かわせるのか、わかろうと最大限の努力をしている作品だと思う。しかし、お涙頂戴のクサい雰囲気からもギリギリで絶妙に外れていて、読後感もよかった。

 自殺・自死を図ろうとしている人たちを救おうと奮闘する主人公たちがが、心身ともに健康で経済的にも愛情にも恵まれたまっとうな人生を歩んでいる人たちではなく、実際に自殺・自死の実行者たちであるという設定がいい。そうでないと、「あんたに何がわかるんだ」的な空虚な物語になってしまう。

 以前、Redditで「自殺を図って生き残った人、その時の気持ちを教えて」というトピックがあり、様々な体験談を読んだことがある。そこで、飛び降りたり首をくくったりした人たちのうちの複数が、体が落下したり首にロープが食い込んだ瞬間に強烈な後悔に襲われた、というような生々しい後悔の感情を書いていた。やはり人間は、生命に執着し、ただただ生き延びたいという本能に動かされている生物のひとつに過ぎないのだと思う。自殺に成功してしまった主人公4人たちの取り返しのつかない後悔が、本当に悲しい。だから、彼らは他者を救うことで自分たちもその後悔から救われたかったのだろう。本当に、無念の自死を遂げた方々がこんなふうな形で救われる世界があったらいいのに。 

 しかし、小説自体は上のようななんとも言えない悲しみを含みつつ、シリアスにつぐシリアスな状況が続いても全然疲れない軽い感じになっていて、抜群の読みやすさだった。異なる時代を生きてきた四人組の噛みあうことの無い会話が脱力感いっぱいで、死語の世界が大好きな私は何回も笑ってしまった。私もいい歳なんだけど、それでも意味不明な死語がたくさん登場して、意味不明なのになぜか面白い。自分の知らない時代を生きる感覚に興味が湧く。最年長の八木が平成の街を見て、傷痍軍人がいなくなったと呟く場面が心に残った。

 素晴らしい力作だと思ったが、難をあげれば、かなりの分量があり、途中からエピソードの展開がパターン化されてしまっているところでしょうか。生きづらさの塊のような若い女性、麻美のところあたりで読むペースがかなり落ちた。彼女の苦しさに共感しづらかった。章が変わって、主人公たちが経済苦による自殺を扱うようになってきて、やっとまた興味深く読めるようになった。 連帯保証人なんていう制度をやっているのは先進国で日本だけ、という箇所を読んで驚いた。そう言えば、日本に住んでいる時は当然のように思っていたけれど、アメリカに暮らしていてそんなの聞いたこと無い。「連帯責任」、確かに日本的な考え方であり、よく考えるとこれは人を追い詰める恐喝のような文化だ。銀行や消費者金融のからくりなども、さらっと説明されていて勉強になる。でも、知らないほうが幸せだったような気もする。複雑な心境。

 障害児の母のエピソードのみ、当事者として読んでいてやはり身につまされる辛さがあったが、総じてこの小説を楽しく読めたということは、私はきっと今は幸せだということなのかな。