THE X-CHAPTERS / Xチャプター

米国から本の話題をお届け

「言ってはいけない―残酷すぎる真実―」 橘 玲

ISBN:978-4106106637:detail

・・・さまざまな研究を総合して推計された統合失調症の遺伝率は双極性障害(躁うつ病)と並んできわめて高く、80%を超えている(統合失調症が82%、双極性障害が83%)。遺伝率80%というのは「8割の子供が病気にかかる」ということではないが、身長の遺伝率が66%、体重の遺伝率が74%であることを考えれば、背の高い親から長身のこどもがうまれるよりずっと高い確率で、親が統合失調症なら子どもも同じ病気を発症するのだ。

『言ってはいけない―残酷すぎる真実―』「遺伝にまつわる語られざるタブー」 24~25ページより

↑↑↑↑↑↑ ち が い ま す!!! 間違ってますよ! ↑↑↑↑↑↑
 冒頭から、こんなびっくりするようなことが書いてあります。いいんですか、これ、このままで。一番、間違っちゃいけない、注意深くならなくちゃいけないところだと思うんですけど。編集者の方とか、専門家の方とか、誰も指摘しないんでしょうか?
 ここで言う「遺伝率」って「親から子へ遺伝する確率」ではありません。「環境ではなく、遺伝が発症要因である確率」、つまり病気の原因は、遺伝によるものなのか、生きてきた環境によるものなのかを表している数値です。「統合失調症の遺伝率は80%を超える」と言うことは、ストレスとか食べた物とか飲んだ水とか受けた教育とかそういう後天的なものの影響は2割弱で、生まれたつき持っている遺伝子の影響が8割くらい、という意味です。 遺伝率=遺伝由来率、遺伝影響率、みたいな意味です。 身長、体重の「遺伝率」の数字もそういう意味ですよね? 200ページから始まる第三部の「子育てや教育は子どもの成長に関係ない」の中では、「遺伝率」と言う言葉の正しい意味を、双子研究から解説して説明しているじゃないですか。Wikipediaですら、「遺伝率は80%を超える」の後に、ちゃんと「親から子に遺伝する確率ではない」って書いてますよ。ja.wikipedia.org 
 全編に渡って、これでもかこれでもかと自信満々に「私はたくさんの文献を読んでいる。だから私は、社会のためにも誰も言わない真実を諸君に語ってあげないとね」という感じで、それほどまでに賢い著者ならば「遺伝率」という言葉の意味は当然理解しているはず。 

 それなのに、あんな無神経な文章を得意げに書くなんて、やはり頭に優生思想があって、その思想をサポートしてくれるエビデンスやらエピソードやらを集めているようにしか思えない。安藤寿康さんの「遺伝子の不都合な真実」がいまいち煮え切らない内容だったのは、専門家としてこの分野のエビデンスを伝えるには言い方に慎重であらねばならない、ということをよくわかっていたからでしょう。 対してこの著者は、言いたい放題、自分の気に入った論文やら書籍からの引用に自分の考えをちょっと入れて書き散らしているみたい。 話があっちに飛んだりこっちに飛んだり、読むのに時間がかかった。
 美貌の収入格差とか、そんなのあるに決まっているでしょ、としか思わないし、具体的に数字にされてもね・・・そんなに格差があるの!?じゃあ整形手術で顔変える!!とか思ってほしいのか。 
 レイプされた女性が精神的にも肉体的にも大きく傷ついた姿を見せる理由をわざわざ進化心理学で丁寧に説明。 すごくためにな・・・るわけない!!! 女性がエクスタシーで叫ぶ理由は旧石器時代にあって、人類は進化上乱婚が一番・・・そうですか。橘さん、そこを本に取り上げるだけの価値のある情報とお考えになったのですね。

だが誰であれ「乱婚」説に反論するのであれば、「なぜ女性はエクスタシーで叫ぶのか?」という問いに対してこれ以上に説得力のある説明を提示しなければならない。

[『言ってはいけない―残酷すぎる真実―』195~196ページより

 上記で、笑いました。何を必死になっていらっしゃるんでしょう。乱婚説がよほどお気に召したようです。なぜこれほど入れ込めるのか理解できません。人類って乱婚だったのかー!やっぱ乱婚だよね☆ ってわけにもいきませんし。知っても無駄って言うか。結婚生活がうまく行かなくなった時に、「しょうがないよな、だって旧石器時代は乱婚だったんだもの」と思えばいいのか?  エクスタシーで「叫ぶ」って・・・。 この引用元の研究した人も、著者も、変なビデオ(とはもう言わないのか)真に受け過ぎ。ちゃんと女性と愛して愛されて深く付き合ったことあるのかなあ。
 もうなんというか、これが新書大賞受賞したり、売れまくったということにため息が出ますが、読みごたえがあった箇所も、まあ少しありました。
 12章~13章で「非共有環境とは何か」に関して著者なりの考察をしていたところ。前述した安藤寿康さんの遺伝に関する新書でも、「共有環境」と「非共有環境」という言葉が頻繁に出てきて、どうやら家庭環境や学校などが含まれない「非共有環境」が人格形成に重要らしいということはわかったのですが、具体的にそれがどんなものを指すのかわからなかった。 そこをこの本の著者は、明確に「ずばり、それはこういうことだろう」と定義していて、素直に「なるほど」と思いました。親として子に何ができるのかも、正しいかどうかはおいておいて、ずばっと「これしかないでしょ」と提示。 くやしいが、安藤寿康さんの本でさっぱりぴんと来なかった私は、そうして明確に考えを示せる作者に敗北感を感じにはいられない。
 すごい頭脳をお持ちの成功者であられる著者様には、あまりボノボやらチンパンジーやらを観察して乱婚だの一夫多妻だのを考察する方向に走らず、偏った思想を煽るようなエビデンスばかり拾うことを避け、その博識と建設的な思考力からもっと役立つ真実をこれからも伝えて行ってほしいと思います。