THE X-CHAPTERS / Xチャプター

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孤読を忘れる楽しい放談集その2『文学賞メッタ斬り!』(大森望, 豊崎由美)

 先日、こんなニュースがひっそりと流れた。

www.sankei.com
 日本人なら、本好きじゃなくても芥川賞とか直木賞とかは、ニュースや本屋でいやでも目や耳に入ってきてしまうもの。でもこの二人が選考委員を務めていたということを知っている人は、あまりいないのではないかと思う。
私も今回取り上げるこの本を読むまでは、こんなニュースも「ふーん」と読み流して終わりだったことだろう。

文学賞メッタ斬り! (ちくま文庫)

文学賞メッタ斬り! (ちくま文庫)

  • 作者:大森望,豊崎由美
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2016/11/18
  • メディア: Kindle版
でもこの本を読んだ後は、高樹のぶ子の感傷的なコメントと東野圭吾のあっさりしたコメントを、「いろいろあったのかな、大森さんと豊崎さんはなんて言ってるのかな」とニヤニヤと読んでしまった。
 『文学賞メッタ斬り!』は、翻訳家と書評家というある意味「読書のプロ」のお二人による文学賞ガイド。お二人とも文学賞の下読みをなさったり賞の創設に携わったり、賞に直接関わっている方々でもある。でも、賞をとりたいと思っている人への「傾向と対策本」ではない。そのテの話題も無くはないけれど、あくまで各賞の特色や格、選考過程や選考委員とその選評、文壇のうわさ、そして何よりも「その賞に価値はあるのか、読まれるべき本(作家)を選んでいる賞なのか」について、豊富な知識をもとにああでもない、こうでもない、と言い散らしている本である。 ひとつ前の記事で紹介した本『ザ・ベスト・オブ・映画欠席裁判』の「何が選ばれたかより、誰がどうしてどうやって選んだかをおもしろがる」という姿勢にも近い。 でも、『ベスト・オブ~』と違って、親切過ぎるくらい親切で、本文で語りきれなかったところ、文中に出てきた作家などに関する脚注の量がもう半端ない。
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『文学賞メッタ斬り』より
 これ、本文の最初のページなんですけど、「純文学」の定義だけでこんなに脚注が・・・。ものすごい情報量の本。でも、細かい細かい字で記載された脚注のすべての行に至るまでおもしろいことが書いてあるので、読み飛ばせない。 2004年刊とすっかり古い本になってしまったけれど、そこはまた資料として興味深く読める。この本に登場する作家たちが10年以上を経た今、どうなっているか。ちょうど綿矢りささんが出てきて、文中では「りさたん」と呼ばれて豊崎さんにも大森さんにも才能と将来性を絶賛されている頃ですからね。故人となってしまわれた作家さんも何人も出てくる。
 文学賞って、あまり本を読まない人や作家に詳しくない人ほど影響されるのではないかと思う。私は、日本を離れてしまって、もちろん日本の本屋にも行けないので、本を選ぶのが難しく、「第〇〇賞受賞作品」とか「〇〇賞受賞作家が送る傑作長編」だのと作品概要に記されていると、ある一定の水準を越えている本とみなして購入の判断材料にせずにはいられない。アメリカの作家に至っては、本当に誰が誰だかわからないので、「文学賞受賞」と作品概要に書いてあったら手にとる確率はかなり上がる。だいたい、世に出回ってる本が多過ぎる! 本に詳しくない人が時間を無駄にせず良い本にうまく選びたいとなったら、文学賞の結果に頼ってしまう所もあるのではないだろうか。
 しかし、この本によると、各賞のシステムもばらばらでいろいろと問題があり、権威ある文学賞だからといってあてにならないことがよくわかる。例えば、選考委員の作家の先生方に任期が無い賞があることとか。そのせいで、ロートル作家が長く選考委員に居座ることとなり、ご高齢の作家になると長編を読み切り理解する体力が無いのか、上・下巻にわたる長い作品は「もっと短くできないものか」で切られたり、新しい文学についていけなかったり、そもそも本当に読んでいるのかすら疑わしいケースも多いという。「慎ちゃん」、「テルちゃん」、「淳ちゃん」あたりが豊崎さんに盛んにいじられてますね(それぞれがどなたかであるかは本書でお確かめ下さい)。 確かに元・東京都知事のあの方に、「今年から選考委員の若返りを図りたいので、先生は来年からはお休み下さいね」とは言いづらい。 亡くなるまでやっていただくか、ご本人が自ら退任されるまでやっていただくしかない。 そもそも優れた本を書く先生方が、優れた本を賞に選ぶ能力を要しているとも限らない。 選考委員を選考することからして難しい。

豊崎 津本先生、やっぱり読んでないな。ていうか”すでに大家であると聞いた”って……知らなかったのか、京極夏彦のことも(笑)。しかし、ちゃんと読んでくれないってのは年寄り選考委員の弊害ですよねえ。だから『永遠の仔』とか『亡国のイージス』(福井晴敏 122回候補作)みたいな長いのを候補に残しても無駄になっちゃう。
大森 いや、それは年齢差別でしょう。年寄りにもよりますよ。田辺聖子なんて『亡国のイージス』読んで、こう書いてる。

二段組み六百ページを超える長篇だが、面白さは抜群で、巻を措く能わず、というところがある。どんでんに次ぐどんでん、久しぶりに山中峯太郎を読む快感を思い出した。(古いなあ、……といわれるだろうけど)

豊崎 田辺聖子はね、いいんですよ。そもそも、おばちゃんは元気だもの。平岩弓枝もちゃんと読んでることが伝わる選評を残してます。一方、おぢどもは疲れてる。読んでなさそーな選評を平気で書く。とはいえ、おぢ軍団の中でも、黒岩重吾はものすごくきちんと読む人で、候補になった作家の受賞作以外の作品も押さえてきたらしいですよ。(以下略、ROUND4「選考委員と選評を切る」より)

 そもそも、文学賞ってこんなに必要なのか。たくさんありすぎる。 たくさんの賞が必要な切ない理由(純文学は賞が無いと食っていけないとか)も本書にはきちんと書いてあるけれど、私のような一年で大した冊数も読めない読者は混乱するばかり。 本を選ぶのが難しいから文学賞を参考にしようとしたのに、数ある文学賞から注目する価値のある文学賞を選ぶためにまた本を参考にしているという自分のぐちゃぐちゃ感に苦笑してしまう。 どの賞が「読んでいくべき賞」なのか? それは、あくまで豊崎さんたちの主観と好みもあるでしょうが、だいたいこの本でわかってくると思うので知りたい方は本書でチェックしてみてほしい。
 とりあえず、以下を読んで、中上健次さんの『岬』は読んでみなくちゃと思った。芥川賞選考委員としての村上龍のことが書かれている下り。

豊崎 そうですね。主流派でも村上龍はまともですね、意外と。責任感もある。(中略) でも、村上龍もひとつどうかと思うのがありました。松浦寿輝の「花腐し」(123回)がとった時、推薦してないんだけど、その理由が”わたしは受賞作の水準を故中上健次の『岬』に定めていたので”って。そんなもんに定めてたらさあ、あんただってとれてないっつーの(笑)。
大森 いいんだよ。じぶんはもうとっくにとってるから(笑)。
(ROUND4「選考委員と選評を切る」より)

 一体どんな小説なんだ、『岬』は!
 あと、豊崎さんによる以下の言葉もなるほど、だった。

新刊については、雑誌や新聞の書評とかを参考に買うことができるけれど、昔の小説ってなにを読んだらいいか、評価軸を定めにくいじゃないですか。だから、谷崎賞の受賞作を順番に読んでいけばいいんですよ。戦後の日本文学史で読むべき作品はかなり押さえてますから。
(ROUND12「ベテラン作家対象の文学賞の違いって何?」より)

 私は、本代をおさえるためにネットの古本屋さんで100円~300円くらいの文庫本を一時帰国した時に大量に買うのだけど、確かに新しい本より過去の本を選ぶ方が難しい。 「歴代谷崎賞の作品を全部読んでみた」をプロジェクトとしてやってみようかな。いや、その前に知人にもらってしまった岩波世界児童文学集全30冊完読プロジェクトも進んでいない。時間と多読できる集中力が欲しい! 一体豊崎さんとかどうやったらあんなに読めるんだろう。 しかも、舞城王太郎の『世界は密室でできている』で涙が出る(情けなくて、ではなく、心動かされての涙)という感性を持ったままで。 たくさん読むと、たいていの小説には感動しなくなりそうなものだと思うんだけど。読むだけじゃなくて、ツイッターで百田さんとけんかしたりとか本当に元気な方ですよね。脳のエネルギー年齢がずっと20歳くらいなんじゃないか。
 大森さん、豊崎さん、次は是非つまらない小説、読みたくもない小説も含めてどうやったらそんなに読めるのか、という秘訣を是非本にして下さい。