THE X-CHAPTERS / Xチャプター

米国から本の話題をお届け

精神科病院の閉鎖病棟が舞台の二冊:『The Key』(by Kathryn Hughes )と『Asylum: Inside the Closed World of State Mental Hospitals』(Christopher Payne)

 1900年代中頃にマンチェスターにあったアンバーゲイト精神病院は、現在は廃墟と化していた。かつてその病院の関係者だった人間を身内に持つ者として、サラは病院の歴史を本にして後世に残すべく、廃墟が足しげく取材に通う。そして、元患者の物と思われるスーツケースを見つけ・・・。現在と過去、3人の女性を中心に繰り広げられるドラマが描かれた小説『The Key』は、英国の作家キャスリン・ヒューズの第三作目の小説。

The Key: The most gripping, heartbreaking book of the year (English Edition)

The Key: The most gripping, heartbreaking book of the year (English Edition)

  • 作者:Kathryn Hughes
  • 出版社/メーカー: Review
  • 発売日: 2018/03/01
  • メディア: Kindle版
 この本の中身も作者についてもよく知らず、Amazon.comでPrime会員がタダで読める小説だったというだけで読んだので、とにかく前半はどこに連れて行かれるのかわからない車に乗っているかのような不安と緊張感で、てっきりサスペンスかホラーなのかと思った。でも、そのどちらでも無くシリアスな人間ドラマで、でも読み物としては「文学」と言った感じではなくかなり軽い感じ。読後に書評SNSでほかの読者の感想をチェックしたんだけど、そこでも「Elementary Writing」(小学生の作文)とか「同じ言い回しばかり使うな、あと一回でも”stare at”が出てきたら本を投げる」とか散々なことを言う人もいた。確かに私も「"mull over"(あれこれ考えをめぐらせた)がよく出てくるなあ」と思ったけれど、英語がよくわからない私には同じ言い方たくさん使ってくれるとかなり助かったりする。 でも確かに同じ表現が多い作家さんのその部分は、読んでいて「またか」とふと小説の世界から我に返ってしまって、内容に集中できないですよね。奥田英朗の「シナを作った」みたいな。村上春樹の「やれやれ」レベルになると、ファンは「キター!これぞハルキ!」状態になって喜べるのかもしれないけれど。
 話を本の内容に戻します。
 皆さんは、廃墟、しかも元は数十年前の精神科病院の閉鎖病棟・・・と言うと、どんな印象を持たれるでしょうか。まともな治療も行われず惨めで劣悪な環境の場所、恐ろしい残虐行為が行われた不気味な場所、廃墟マニアとホラー映画ファンの大喜びする場所、というイメージを思い浮かべる人も多いんじゃないかと思う。でも、この小説と後述する写真集とで、「精神科の閉鎖病棟」というだけでそういう印象を短絡的に持つことがいかに無神経なことか思い知らされた。そんな廃墟に面白がって行ったりホラー映画の舞台にして怖がって楽しむのは、かつて様々ないきさつを経てそこに入院することとなり回復を願って一生懸命生きたであろう方々や、その身内の方々、そこで治療や看護にあたったスタッフの方々にとってはとても辛いことだろうと思う。 そこが「家」だった人がたくさんいるのだから。
 この小説は、第二次世界大戦後くらいの時代の精神科病院を舞台にした前半と、登場人物たちの現在が書かれた後半に分かれているのだけど、そんな病院が「家」になっている人がたくさん出てくる前半が面白い。
 二十歳そこそこの若さで、本人は自分を正気だと思っているにも関わらず家族に閉鎖病棟に入院させられたエイミーの悪夢の日々、そのエイミーに愛着を感じ懸命に守り力になろうとする新人看護婦エレン。 患者と看護婦と立場はまったく違えど、同時期に同じ病院に来たものとして、いろんな意味でショッキングな閉鎖病棟という新しい環境が、彼らの目を通して綴られていく。
 一応これはエイミーを中心としたドラマなので、エイミーに感情移入して読まなければいけないんだろうけど、私は断然エレンの看護師としての日々、成長していく姿のほうに興味を惹かれた。こんな女の子は、フィクションの中にしか存在しないんだろうけど、でもこんなまっすぐな心優しい子がいてほしいなと思い応援しつつ読んでしまった。 一方の患者であるエイミーのほうは、完全に周りを見下していて、自分の目的を遂げるためなら自分に思いを寄せている男性を利用することなどなんとも思わないという女子で、「私はあんな頭おかしいやつらとは違う!」と何度も言ったり心で思ったりする。激情型で繊細で精神的なバランスが取れていない子、現代なら病気とは言われないまでもこれではやはり「メンヘラっぽいよね」と言われてしまうでしょう。しかも、このエイミーの運命を左右する男性イケメン精神科医がサイテーなヤツで。
 エイミーに対してECT(Electro Convulsive Therapy、いわゆる電気ショック療法)を用いた治療を行うことに対して強い疑問と抵抗を示したエレンに対して鼻で笑って言った言葉がこれです。

'Stick to giving bed baths and enemas and leave the important stuff to actual doctors.'
「お前は患者の体拭いて浣腸でもやってりゃいいんだ、大事なことは本物の医者に任せるんだな」

 浣腸って・・・。こいつが物語でキーとなる重要な役回りをするわけですが、こんなことを言うヤツがどうなろうと知ったことじゃありません。いつの間にかコイツに夢中になっている主人公も訳がわかりません。世の中やっぱ外見がすべてなんでしょうかね? 思いを寄せてくれているもう一人の男子のほうがどう考えてもいいと思うんですが。
 後半の現代のパートの主人公であるサラをめぐるストーリーにいたってはもうなんというかうーん・・・そんなにうまくいきますかね? 私はてっきりサラとサラの新しい彼氏が幸せになってしまって、サラと「なさぬ仲」であるその娘さんが若かりし日のエイミーと同じような不幸を繰り返す、という運命の輪廻のような暗い結末を予想しつつ読んでいたので、結末はなんだか拍子抜けだった。やはりそれほど深い小説ではなく、物語の展開を楽しみつつ、メンタル・ヘルスや女性の様々な試練をmull overしてくださいね~、という小説なのか。
 とにかくまあ、女性の問題うんぬんはさておき、小説に出てくるような精神科病院の成り立ちや行く末には猛烈に興味がわき、もっと知らねばと思わされました。
 そしてまったく偶然に『The Key』とほぼ同時に手にとった『Asylum: Inside the Closed World of State Mental Hospitals』という写真集。
ISBN:978-0262013499:detail
 『The Key』は英国のマンチェスターの病院が舞台の小説で作者はウェールズのとある廃墟になった病院をモデルにしたとおっしゃってますが、この写真集もご覧になっているのでは!? アメリカの廃墟精神科病院の写真集ですが、あまりにも小説とイメージがかぶってしまって、まるで挿し絵状態です。屋根裏のスーツケースの写真まである! この写真集が小説のインスピレーションなんじゃないかなあ。
 ここで一部の写真が見られますが・・・
www.npr.org
 とにかく廃墟の病院のもともとの規模と壮麗さに驚きます。どれもお城か宮殿かっていうレベル。こんな規模の病院が今はほとんど使われず、打ち捨てられているだけという。なんとも言えない光景が写真集を通して広がります。これらの病院たちを不気味な場所として興味本位で撮っているのではなく、この素晴らしい建築物、ここで人生のある時間を過ごした人々、かつて機能していたシステムへのトリビュートになっているのがいい。
 なぜこれらの病院が1990年代にはほとんど閉鎖されるに至ったのか。 写真だけではなくそこも文章で少なからず説明されている。 投薬治療の発達や、患者を隔離して一般社会から離れた世界で保護しておくことへの反発、増えすぎた入院患者と人手不足、患者を病院の自給自足のシステムの労働力にするのが搾取にあたるという法案の通過・・・いろいろな事情で、かつての精神科病院のシステムが回らなくなった。 写真集の作者はそういった事情をもちろん理解しつつも、自給自足のために働くことで充実感や役割を得、自分の心の病が理解される環境で静かに暮らしていた人もいたはずだ、とかつての病院のシステムがほぼ完全に失われたことを残念に思っているような文章もあった。
 写真がメインの本なので精神科病院の変遷を詳しく知るには十分では無かったので、これをきっかけにほかの本でももっと知っていきたい。たくさんのことを学び、楽しんだ二冊でした。