THE X-CHAPTERS / Xチャプター

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ディストピア小説を通り越してもはやホラー? 現実味を帯びているだけに怖過ぎる『The Handmaid's Tale(日本語版題名:侍女の物語)』by Margaret Atwood

 そう遠くない未来、現代のアメリカの特定地域(多分ボストン周辺)は、キリスト教原理主義者のようなセクトの制圧地域となってしまった。そこで繰り広げられるおぞましいドラマが、ある一人の女性(Handmaid=侍女)の語りでつづられてゆく。カナダの大御所女性作家マーガレット・アトウッドが1984年に発表したディストピア小説。英語圏では”Classic”、つまり読むべき小説100選とか50選に選ばれるような古典名作の域に達している小説らしい。2017年からHuluでドラマ化もされ、ちょうど今月には約35年の時を経て続編小説「The Testaments: The Sequel to The Handmaid’s Tale」が発売されたこともあって、作者もあちこちのメディアに出たり、ちょっとしたマーガレット・アトウッド祭り状態になっています。

The Handmaid's Tale (English Edition)

The Handmaid's Tale (English Edition)

  • 作者:Margaret Atwood
  • 出版社/メーカー: Houghton Mifflin Harcourt
  • 発売日: 1986/02/17
  • メディア: Kindle版
 いやもう、素晴らしい睡眠薬でした!! 入眠に苦労している方にお勧めです!!
 最初の10ページ、一体何回読んだだろう? 読んでも読んでも、はっと気づくと朝になっている。ひとつひとつの英単語が理解できても、文章の中身がさっぱり理解できない。まるで暗号。オーディオブックに至ってはお経のよう。 
 ディストピア小説は、作者が作り上げたディストピアの設定がわかるまでが非常に読みづらいというのは重々承知でしたが、ここまで読者に不親切になれるものか!?と怒りすら覚えました。 「ん?んん?これはどういう世界なわけ?この語り手が当然のように使っている専門用語はどういう意味なのよ?」と馬の鼻先に人参状態で情報を小出しにしながら読者の好奇心を利用して先を読ませるわけですが、「もう人参いらないから走るのやめてもいい?」というくらいのストレス。何度もこの本にこれだけの時間をかける価値があるのかと自問しながら、ひとえに始めたことをきちんと終わらせたいという意地で読み続けた。このストレスを乗り越えて読了した暁には、何か仕事で大きなプロジェクトの納期を乗り切った時のような、一回り自分が成長したような気すらしました。これが読めたんだからもうどの洋書だって怖くないぜ!みたいな。まあ、多分これも私特有の勘違いだと思いますけど。

 まず、主人公の名前も歳も明かされないのがちょっとねえ・・・。名前はいいけど、だいたいの年齢くらい教えてほしい。主人公が「子供が産める年齢の女性」っていうことはすぐにわかるんだけど、子供が産める年齢って・・・生物学的には30年くらいありませんか!? 脳内で主人公を想像したいのに、15歳から45歳くらいのどこに年齢を設定したらいいのかわからなくて難しかった。年齢だけは途中で明かされるんだけど、ちょっとそこまでが長過ぎる。
 そして、主人公以外の人物、特に主人公の思い出の中の人物は、名前は明かされるけれどそれ以外の説明はかなり小出しにしながら話が進んでいくので、前半が本当に読んでいてつらい。主人公の中ではそれらの人物は自明の情報なので、そこで読者に向かって説明すると小説全体に漂っている独特のフローが無くなって魅力減なのだろうとは思う。ある種の極限状況の中で女性の心にふわふわと行き交う思考がやけに文学的な表現で書かれているので、その彼女にとって自然な語りのスタイルにすると、読者に努力を要する文体になってしまうのか。場面転換も時空を超えて自由自在かつ唐突なので、それが人間の心の中、頭の中の状態とはわかっていても、「日本語版をくれぇええええええ~」と心で何度も叫んだ。 
日本語版はこちら↓
ISBN:978-4151200113:detail 
 いやしかしこれ、日本語版でもかなり挫折の可能性が高かった小説家かも。もう、内容が本当におぞましいんです。地球環境の悪化や人間の体内に取り込まれた化学物質のせいで健康な赤ん坊が生まれなくなった世界で、子供が産める女性は侍女として徹底管理されている。

I cannot avoid seeing, now, the small tattoo on my ankle. Four digits and an eye, a passport in reverse. It’s supposed to guarantee that I will never be able to fade, finally, into another landscape. I am too important, too scarce, for that. I am a national resource. (Page 65)
私は足首のタトゥーから目をそらさずにはいられなかった。パスポート番号を逆にした4桁の数字。私は、違うところへ消えゆくことなど決してできない。それを確かにするためだろう。そうするには重要過ぎるし希少過ぎるのだ。私は、国家資源なのだ。

We are two-legged wombs, that’s all: (Page 136)
私たちは、二本足で歩く子宮、それでしかない。

 まあ、人類とか後継ぎのために望まない妊娠・出産を強いられるというのは、目新しくはないかもしれないけれど、何がゾッとするって、宗教的な正当性を持たせるためにその行為を「儀式」と称して、ものすごい不自然なやり方で実践するんです。もうなんかそれが気持ち悪い。考えようによってはコメディなシチュエーションなんだけど、私はそこに行き過ぎた宗教の異様な形を感じて、吐き気がしました。まあ、中盤のハイライトはそこです。そこに行くまでがちょっと長いけど、そこは読んでいて目が覚めました。
 そして、これでもかこれでもかと登場する残虐な恐怖政治の実態。神(体制)に背くとされた行為は、すべて見せしめの死に直結。使えないヤツはゴミ箱送り。こんな怖い世界にいたら、私なら簡単に抵抗する気も思考力も失せて全力で妊娠・出産だけのための生物になるだろうなと。
 さすがにこの世界設定は極端すぎるでしょ、そんな短期間でこんなセクトがこんな体制つくれるわけないでしょ、と思いかけてハッと思い直した。
短期間で台頭したISIS、そしてそこでの女性の扱い。
日本のご近所さんの某国の国民の密告とそれによる制裁に怯える日々。
性的暴行の結果であろうとなんであろうとも胎児の生命最優先、女性に中絶は絶対許さないという法律が各州で成立しまくっているアメリカ。
ほかにも、この世界で確実にこの小説に近い世界は実在するし、過去にもあったはず。現実味を感じながら読むと、もうホラーです。怖い! この小説を30年以上前に発表したマーガレット・アトウッド。すごい先見性ではないですか。一体、今の世界をどう見ているのか。精一杯の警鐘、そして世界がこうならないようにという願いを込めた小説だったでしょうに。
 こんながんじがらめで何も起こりようがないような状況の中でも、ゆっくりゆっくりと確実に何かが展開し、主人公の運命が思わぬ方向に向かっていく終盤は読み応えあり。そしてラストも「こう終わるのか!」とびっくりした。予想したどの終わり方でも無かった。
 
 ストレス!ストレス!と書きましたが、こうして振り返ってみると、心をぐっとわしづかみされるすごい力を持った小説だったと思いました。名作と言われるだけのことはある。読む価値、苦労する価値があった。長い間心に残るだろうし、一度は読んでよかったと思う。しかし、もう二度と読みたくない。続編も、むちゃくちゃ気になるけど、じっくり時間と体力がある時じゃないと手が出せません。

追記:
 今回の「ああ、勘違い」。
 私は、Lukeは弟か兄さん、Aunt Lydiaは主人公の叔母だと思って読み進めていた。Lukeに関してはほどなくして主人公の大切な男性だとわかったものの、Aunt Lydiaに関しては「この叔母さんはどういう経緯で姪っ子をこんなひどい世界に放り込んだんだろう」とかなりの間そこが知りたくて読んでいた。実の叔母さんでもなんでもなないとわかるまでかなりかかった私はバカか。 
 そして、「Martha」。下記の文章を読んで、マーサっていう名前の女性がいて、だれかがそのマーサさんの服を着ているという意味かと思っていた。

She’s in her usual Martha’s dress, which is dull green, like a surgeon’s gown of the time before.

 冒頭近くでこのマーサさんが間違って撃ち殺されるという事件が出てくるんだけど、なぜかその後も死んだはずのマーサさんがすぐ登場。さすがにおかしいと思って、また最初に戻って読み始めて、ところどころで「A Martha」「Marthas」などと出てくることに気づき、A TeacherとかTeachersとかと一緒なのね・・・誰か特定の個人のファーストネームじゃないのね・・・という考えに至った。子供が産めない年齢になってしまって台所仕事とか掃除とか侍女の身の回りのお世話とかをやらされる身分の低い女性たちを集合体で「Martha」と呼んでいる、というのが正解だった。英語は難しいなあ。日本語版でのMarthaの訳が気になる。誰か教えて下さい。