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人生相談本シリーズその3 これほどぶっ飛んだ人生相談を初めて読んだ『車谷長吉の人生相談 人生の救い』(車谷長吉)

 作家の中の作家、車谷長吉さんによる朝日新聞土曜版連載の人生相談『悩みのるつぼ』からの回答選出集。タイトルは、『人生の救い』ではなく『人生に救い無し』『人生は苦』のほうがよかったんじゃないでしょうか。何か、すごいものを読んでしまったように感じます。
ISBN:978-4022646934:detail
 文庫に付いていた帯は、こんな感じ。

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『車谷長吉の人生相談 人生の救い』の帯の表側
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『車谷長吉の人生相談 人生の救い』の帯の表側
 お悩み自体はそれほど突き抜けたものはないのですが、やはり車谷さんの回答が狂っている!
 一応、人生相談のコーナーなんだから、「相談者が何か悩みに関するアドバイスを求める」→「回答者がそれに対して答える」という趣旨であるべきなのですが、もう出版禁止レベルでこの流れを無視した噛み合ってない回答が続きます。悩みを相談している人より、回答している人のほうに「・・・ダイジョーブ?」と言いたくなるようなずれっぷり。解説は万城目学さんなのですが、彼の言葉を借ります。

「人生相談」と銘打っていても、相談と言う双方向のコミュニケーションが取られた形跡はあまり感じられない。

 そうなんですよ、ほとんどの相談で「相談に答えてないよ!」「アドバイスになってないよ!」「そんな話してないんだけど」とツッコミを入れ苦笑しながら読みました。たまに、読者からのお悩みにきちんと回答している回もあるのですが、その内容も顎が外れそうになるようなものばかり。例えば、帯にもある40代教師からの「教え子の女子高生が恋しい」という悩みにたいして、

あなたは高校の教師だそうですが、好きになった女生徒と出来てしまえば、それでよいのです。そうすると、はじめて人間の生とは何かをいうことが見え、この世の本当の姿が見えるのです。
(23ページより)

 ↑こんな回答です!! 一応、この前後に長い文章があるので、ここだけ切り取るのは車谷さんに対してフェアじゃないかもしれないけど、私はかなりびっくりしました。この相談に対して、この回答ができる人がほかにいるんでしょうか。

 世の多くの人は、自分の生はこの世に誕生した時に始まった、と考えていますが、実はそうではありません。生が破綻した時に、はじめて人生が始まるのです。従って破綻なく一生を終える人は、せっかく人間に生まれてきながら、人生の本当の味わいを知らずに終わってしまいます。気の毒なことです。
(23ページより)

 人生の破綻を経験した者として、車谷さんは真剣にこんな回答をしているのです。破綻こそ人生。こんな価値観の人が人生相談をやるということ自体がジョークです。多くの人は、破綻したくないから相談していると思うんですけど。是非はともかく、これほどオリジナリティがある回答集には出会ったことはありません。
 基本的に、車谷さんがご自身の人生を「私は以前こんなことがありました」と回顧しつつ読者からの悩みに回答していくので、彼の人生の破綻や苦しい体験がこれでもかこれでもかと語られ、同じ話が繰り返し出てきます。回答間の矛盾も見受けられます。しかし、そんな細かいことを気にして読んではいけません。朴訥とした語りの中にところどころににじみ出る血や毒、ほかでは読めない悩み相談が繰り広げられる車谷ワールドを堪能すべきです。そしてところどころで投下されるびっくり回答を楽しむのです。

 あなたのご相談を読ませていただいて、まず思ったのは、この人は一生救われないな、ということでした。
(中略)あなたはこれまで一度も、人生の不幸を経験(体験)されたことがないのです。人生の不幸は、病気・貧困・思想的挫折がおもな原因です。あなたがこれから先、もしまっとうな人生を歩まれるとしたら、これらの人生の不幸を乗り越えた時だと思われますが、あなたには人生の不幸を乗り越える力がありません。愚痴死が待っているだけです。それは私には明瞭に見えています。つまり、あなたには一切の救いがないのです。
(37-39ページより)

 これは、「息子の野球のチームメイトが怪我をするとホッとしてしまったり、心の調子が悪い時に長く病気に臥している友人に会って自分はマシだと納得したり、人の不幸をつい望んでしまう所が自分にはある。どうやったら心を入れ替えられるだろうか」という46歳主婦からの相談に対する回答です。すごい回答です。確実に愚痴死だ!って・・・相談したのは私じゃないのですが、「ひっ」とひっくり返りそうになりました。
 かと思えば、「おにぎりを持って外に散歩に行きましょう」というような回答もしょっちゅう出てきます。もうね、予測不可能なんですよね。だからこそ、この回答集に存在価値があるのでしょう。常人には思いつかないような思考回路があるからこそ、作家なのでしょう。

 人の頭脳は四種類に分けられます。頭のいい人、頭の悪い人、頭の強い人、頭の弱い人。
 この中で絶対に小説を書くことができないのは「頭のいい人」です。ほかの三種類は書くことができ、一番向いているのは「頭の強い人」です。
 (中略)
 その典型的な例は、哲学者の和辻哲郎、民俗学者の柳田國男などです。この二人は私と同じ播州の出身ですが、ともに作家になることを目指して東京に出てきました。が、なれなかったので、別の途へ進んだのです。
 (中略)
 これは善人には小説原稿は書けない、ということです。
(117-118ページより)

 確かに、同じ『悩みのるつぼ』の持ち回り回答者の一人である上野千鶴子さんの回答集と比較すると、「頭のいい善人」による回答と「作家になるしかない人」による回答の違いは歴然です。どちらが良いとかではなく、両方が存在しているところが、この世界の面白さと思うてます。(←車谷さん口調を真似してみた)
hyakunennokodoku.hatenablog.com
 悩みを解決するにはほとんど役立たない回答集ではありましたが、これを読んだ人の多くが「車谷長吉の小説を読んでみたい」という気持ちになったことは確かでしょう。こんな回答をする人が、一体どんな小説を書くのか。ある作家は「自分の小説を手にとってもらいたい一心でふざけたエッセイを宣伝と思って書いている」と言っていました。もしも、車谷さんも読者をこのような形で自分の小説に誘導しようとしているのだとしたら、それは大成功だと思います。私は、未読だった『赤目四十八瀧心中未遂』をすぐさま注文してしまいました。 読むのが楽しみです!