THE X-CHAPTERS / Xチャプター

米国から本の話題をお届け

あの頃はよかった、という作文ですか?ブログですか?『ユーミンの罪』(酒井順子)

 某音楽ストリーミングサービスで、全く存在すら知らなかった松任谷由実さんのアルバムがずらーっとあり、タイトルとジャケットに惹かれてなんとなく聴いてみたところ、その素晴らしさに度肝を抜かれました。そして、古い順に順々に聴いてしまいました。松任谷ユーミン様(100年に一度くらいの偉大な方だと思うのでこう呼ばせていただきます)の印象がガラリと変わりました。
 暗い!なんて暗いんだ!! 暗く美しい。もちろん明るい曲もあるのですが、どちらかと言うと孤独に打ち震えながらこの世界の美しさ・はかなさをじっと見つめている画家や詩人のような印象を受けました。諸行無常。ザ・日本人の感性です。たくさん聴いてみると、ヒットした有名曲よりそのテの曲のほうが心に残りました。単に私の気分や好みのせいだと言われればそれまでですが、
 しかし、ユーミン様は「一般大衆のIQじゃこんな知的な音楽は理解されない、もっとわかりやすい歌を作らないと」と悟られたのかなんなのか、ある年代を境に「大人の鑑賞に堪えうる残っていく音楽」じゃなくて「消費される音楽」になぜかシフト。ユーミン様の歌詞で言うところの「どうせチューイングガム」といったところでしょうか。
 「年老いたシェパードの細いむくろを風がふるわす」とか「枝のわくらばさえ銀箔の空を旅してゆく」とか歌ってた人が(わくらば=病葉という言葉が分からず辞書調べた人がここにいますよ)、数年のうちに「どうしてどうして僕たちは別れてしまったんだろう~♪あんなにあいしてたのに~♪」とか「ハローマイフレンド~友達でいさせて~♪」等々、ターゲットを小学生にしたんですかと唖然とするような詞ばかり発表。
 順々に聴いて行ってその辺が一番謎でした。ユーミン様が突然若年性退行を患われたはずはないので、周辺が強く進言したか、もしくはそういったタイアップのオファーしか来なかった、そういう音楽しか求められなかったということなのか。キャリアの長い人の作品の変遷は、こうやってああでもこうでもないと解釈できてこれまた楽しいですね。
 ユーミン様の音楽を最初からリアルタイムで聴いてきた人たちは、その辺をどう言っているのか? もっと知りたいなと思って酒井順子さんの『ユーミンの罪』を読んでみました。
ISBN:978-4062882330:detail
 これは、最近読んだ本の中ではかなり読了までがキツかった部類に入ります。まず、酒井順子さん、いつまでも『負け犬の遠吠え』の中での酒井さんを引きずらなくてもいいんですよ、と言いたい。酒井順子さんの本は、実は『負け犬の遠吠え』しか読んでいないのですが、確かにあの本は「負け犬」という言葉を生み出したことのみならず、その後のいろんなカルチャーに影響を与えた大きな一冊だと思います。酒井さんの代名詞になってしまっているのはわかりますが、もう何年も何年も経ちますよね? ユーミン様の音楽に関するエッセイまで、その切り口で書かなくてもいいのに。「ユーミンの音楽は負け犬量産に一役買った!?」、ユーミン様の才能と努力の結晶をわざわざそんな安っぽい切り口で読み解かなくても。酒井さん、ほんとはファンじゃないでしょ? 「なんかみんな聴いてるから聴いてた」くらいなのでは?
 正確に言うと、酒井さんはユーミン様の作品を最初からリアルタイムで聴いていた世代ではなくて、バブルの頃からのリアルタイム・リスナーのようで、本書でも自分が聴いていたアルバムに関する文章だけやたら力が入っている。「あの頃の私、輝いていたわ。いい時代だった。私ですら大企業に簡単に就職できたし」、みたいなことが平気で書いてある! そのページ、ロスジェネ世代の前で、いや特攻隊員の墓の前で音読してみろー!喧嘩売ってんのかーーー!! くそー無性に悔しい!! よかったね、青春時代が「いい時代」で!!! ええ、ええ、そうですよ、どうせひがんでますよ!!!
 なんかひとりよがりな作文を長々と読まされた気分。ひとりよがりなブログ書いてるヤツに言われたくないと思いますが。
 「小説現代」に連載された「文学としてのユーミン」を改題し加筆したということですが、どこが文学? ほとんどが、誰かほかの人によるユーミン様への大昔のインタビューの引用だし、ご本人オリジナルなのは、ハマトラとかニュートラとかオリーブとか「当時はラグビー部員の彼女が一番階層が一番上だったんです」みたいな思い出話のところだけじゃないですかー!! ふーーーーーんそうなんだ・・・としか反応できない。ユーミン様の音楽には興味はありますが、酒井さんの輝いていた学生時代にはあまり興味がありません。その時代の空気感も伝わってきません。
 何かご自分で取材したり調査したりした形跡もなく、狭い範囲の少ない人生経験でちゃちゃっと1週間くらいで書いてそう。で、途中で「私はこの頃から聴かなくなってのでよくわかりません」とぶつっと雑に切って終わり。ユーミン様の音楽への敬意がほとんど感じられないのに、「この歌詞はこういうことなんです」「私はよくわかっているんです」と言わんばかりの独善的な文調がすごい。「なんだかんだ言っても、日本の男性はストッキングをはいた内股の脚が一番好きですから」とか書いてたけど、なんでわかるの? 誰に聞いたの? 私は、「なんだかんだ言っても、日本の男性はミニスカートとハイソックスの間の絶対領域が一番好きですから」だと思うんですけど! なんでそこにこんなにこだわってんのか自分でもわからないけれど。ユーミン様の作品のことを書く本なのに、書くこと思いつかないのかなんなのか、時折、そういう独断的な作者のうんちくみたいなのが入ってくるのが面白くないというか。
 こんなブログもうまく書けない私からすると、独特な洞察力とそれらを文章表現できる力だけで食べていける酒井さんが偉大だということはよくよくわかっているつもりです。なので、この本は一層残念です。扱う題材が合ってなかったのかな。酒井さんなら、もっとおもしろく料理できそうなのに。まあ、ユーミン様はまだご存命・現役のレジェンドなので、あれこれ好きに書けない事情もあるのかもしれませんね。 
 映画や小説を解説した本って、「そうかこういう背景があるのか!」という感じで好きな作品がより好きになったり面白くなったりするので、この本にもそういう読後を期待しましたが、そこは期待はずれでした。音楽は、解説しないほうがいいということかな。