THE X-CHAPTERS / Xチャプター

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ジョー・ライト監督で映画版が公開決定の心理サスペンス小説、作者のスキャンダルの方が怖い『The Woman in the Window (日本語版:ウーマン・イン・ザ・ウィンドウ)』(by A. J Finn)

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 主演エイミー・アダムス、共演はジュリアン・ムーア、ゲイリー・オールドマン、とAリスト・セレブリティを揃えて2020年5月にアメリカで映画公開決定。業界の期待の大きさが窺えます。『ゴーン・ガール』とか『ガール・オン・ザ・トレイン』など、いずれもそれがデビュー作という女性が主人公の心理サスペンス小説が書籍・映画共に大ヒットしたせいで、やはり雨後の筍状態で同じような成功を狙う作家が続いていますね。

The Woman in the Window

The Woman in the Window

  • 作者:A. J. Finn
  • 出版社/メーカー: HarperCollins Publishers Ltd
  • 発売日: 2020/04/02
  • メディア: ペーパーバック
 この小説の作者A.J.Finnもこのデビュー小説で、出版権2億円、さらに映画化権ウン億円、世界41か国で出版が決定、とまったく頭に来るほど大成功しています。日本語版も出ていますね。
ウーマン・イン・ザ・ウィンドウ 上

ウーマン・イン・ザ・ウィンドウ 上

  • 作者:A.J. フィン
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2018/09/19
  • メディア: 単行本
ウーマン・イン・ザ・ウィンドウ 下

ウーマン・イン・ザ・ウィンドウ 下

  • 作者:A.J. フィン
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2018/09/19
  • メディア: 単行本
 ネタバレできない類の小説なので、多くは書けませんが、ある理由から一歩も家の外に出られなくなり近隣住民の観察が趣味になってしまった女性が、ある事件を目撃して・・・というストーリーです。なんか聞いたことがあるなーと思ったあなた、そうです、もろヒッチコック。小説でも、主人公はそういったクラシック映画の愛好家として設定されていて、この小説はそれらへのオマージュだよ、という作家の姿勢はわかりやすく示されています。
 小説のほうは、まあはっきり言って過大評価されてるなと感じました。ミステリ小説が好きな人なら、すぐに「コイツだな」「あ、ここは伏線で、あとでなんかに使われるな」とわかってしまうでしょう。ミステリにそれほど通じているわけではない私ですら、わかりやすいなと苦笑してしまいました。主人公の頭の悪さにイライラします。小説の中に入って行って教えてあげたくなる。なんで気付かないの?って。
 英語で「どんでん返し」みたいな意味で「Twist」という言葉を使うのですが、この小説にも、いくつか「Twist」があり、そのうちのひとつには確かに驚き主人公の孤独の深さを想像して震えました。この小説で見事だと思ったのはそこだけです。あとは、第二の主人公と言ってもいい、ニューヨークのハーレムにある主人公の家の描写だけ。地下付き地上4階建て、屋上庭園付きのウン億円の古いコンドミニアム・・・未知の世界なので、想像が楽しかったです。これから小説を読まれる方は、是非以下の写真をちらっと眺めて、頭の中で主人公をそこに置きながら読んでみて下さい。
New York Harlem Home - Google Search
 作者のA.J.Finnは、この小説の出版時30代前半のアメリカ人。オックスフォード大学卒業、日英両方の出版社でミステリやスリラーの出版を手掛けた本名ダン・マロリーという一流編集者。出版業界で名の知れた自分の実績でデビュー小説を高評価してほしくないという願いと性差による先入観を避けるため、女性とも男性ともとれるA.J.Finnというペンネームで作品を編集者たちに見せていた。
 ・・・・・・というのが、作者が自称している自分のバックグラウンドで、メディアでも(日本でも!)小説のヒットとともに広められたストーリーでした。 しかし、ここから小説のように思わぬTwistが!!
 2019年の2月、雑誌『New Yorker』に以下の長文記事「サスペンス小説家のいつわりの痕跡」が発表されたのです。
www.newyorker.com
 内容もすごかったけど、記事の長さもすごかった。スクロールしてもスクロールしても読み終わらない。この記者はA.J.Finnことダン・マロリーに恨みでもあるのか?というくらい、彼の関係者や家族を取材しまくり、彼の過去のインタビューからラジオ出演から何から何までチェックして、その詐欺師まがいの人生や嘘を暴きまくっています。
 これがAmazon.comの作者紹介ページに載っているA.J.Finnことダン・マロリーの写真ですが、確かにコイツとは友達になれそうもない、いけ好かない雰囲気は漂っている。吹き出しつけるなら、「オレってかっこいいだろ?いい男だろ?」だな。
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A.J.Finnことダン・マロリー(Amazon.comより)
 この、首に手をあててる「まいったな、写真は苦手なんだよね、でもどうしてもっていうんなら一枚だけ」みたいなポーズ・・・・・・私がカメラマンなら、「首に蚊でもとまりました?」「首こってるんですか?」と言ってやる。
 しかし、こやつは初対面ではそこそこルックスもよく人当りも良く口もうまく、誰もが魅力的と感じるオーラとカリスマ性があるようで、大学入試の面接から入社試験までその魅力をフル活用。そして良心の呵責が無いのか、嘘が天才的にうまい。というか、現実を自分に都合の良い方に100倍くらい大きくして話す。オックスフォードではちょっと勉強しただけで「卒業した」は事実無根の経歴詐称。母親が乳がんを克服したことは事実だけど、面接ではそれが「母が今、死にそうです」とか「御社の女性向けの小説は、病気の母の枕元でたくさん読んだので思い入れがあります」になる。ぴんぴんしている父親はなぜか死んでいることにされ、弟は自殺したことにされる。そうやって人の同情を利用してまんまと良い大学や出版社に入り、なぜかいつかそこに姿を現さなくなり、同僚や上司がどうしたんだろうと思っていたら、「これから脳腫瘍で手術に臨みます、幸運を祈って」というメールが来る。 そのまま退社し、そこでの経歴を踏み台にもっと良い職場にまた面接でうまいことやって入って・・・を繰り返し、30代にしては異例の良いポジション、高い給料を手に入れている。大した編集実績も無いのに。 ペンネームを使ったのも、出版業界にその悪行が知れ渡っているから、というのが本当の理由だそうです。
 そして常に注目、同情の真ん中にいるのが大好き。この小説を思いついたきっかけも、「シガニー・ウィーバー主演の『コピー・キャット』っていう映画の設定をまるまるパクッて、あとは『ガール・オン・ザ・トレイン』っぽいテイストを入れれば売れるなと思った」と正直に言うわけにもいかないと思ったのか、あちこちで違う話をしまくっているようです。「病気で起き上がれない時、主人公のように映画をたくさん見て家から出られずこのプロットを思いついた」とか「ニューヨークのハーレムの友達のうちに滞在した時、トイレの鍵がおかしくなって24時間、トイレに閉じ込められたんだ。その時、この小説を思いついたんだ」とか。うつ病だったり双極性障害だったり、脳腫瘍だったり、いくつ病気や障害があるのか、その時その時で話は変わります。
 ほかにも『New Yorker』の記事には、気に入らない上司の机の周りに尿の入ったコップを置いて嫌がらせ、とかすごいエピソードがいっぱい。なんか、スティーブ・ジョブズの暴露本読んだ時と同じ印象が。ものすごい頭がいいんでしょうが、ジョブズと一緒で確実に「現実歪曲空間」に住んでますね、この人も。
 でも、記事を一生懸命読んでいて、最初は「そうでしょそうでしょ、写真見た時なんか気に入らなかったんだよね! 悪行が暴かれていい気味!」と思っていたのですが、最後のほうは悲しくなりました。ここまで来ると、この人、一種の人格障害、多分サイコパスですよね? だとしたら、ここまで執拗に過去を暴くのは、いじめのようで心が痛みます。記事中では、作者の詐欺師まがいの行動を暴くのみならず、小説のライティングの稚拙さ(「bolt」という単語を使いすぎ、全体が映画のノベライズみたい等々)までねちねちと批判されていて、記事が正義のために書かれていると言うより、「こんな嫌なやつが成功しているなんて許せない、脚を引っ張りたい」というテイストも感じられてしまいました。
 でもまあ、やったもん勝ち、成功したもん勝ちなんですよね。記者がどんなに一生懸命ファクトチェックをして彼の偽りだらけの人生を暴こうとも、負け犬の遠吠えなんだと思います。 
この記事が発表されて以来、A.J.Finnことダン・マロリーへの批判は大きく、彼は現在Twitterも休止してしまっているようですが、社会的な制裁はそれくらいで、次回作の出版ももう決まっているとのこと。彼に善意ややさしい心を踏みにじられた人のためにも、次回作では是非その才能と頭の良さをパクリでは無い形で示してほしいものです。