THE X-CHAPTERS / Xチャプター

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スティーブン・キングのなんとも不思議な中編小説、オーディオブックは御大自らの朗読『Elevation』(by Stephen King)


 スティーブン・キングによる2018年秋刊行のホラーテイスト無しの怖くない中編小説です。
 スティーブン・キングと書いて「冗長」と読む、というくらいキングと言えばがっつり長い小説が代表作ですが、中途半端な長さの中編小説も彼の得意ジャンルですよね。『スタンド・バイ・ミー』や『ゴールデン・ボーイ』も中編小説だったと記憶しています。短編と長編の中間くらいの長さの中編小説への愛は、『スタンド・バイ・ミー』が収録されている『恐怖の四季』かどこかの序文でキング自身が語っていました。私の推測ですが、多分短編小説を書こうとして冗長になってしまい中編になってしまうのではないかと。この一篇だけで一冊の単行本というのは確かに少し物足りなく、アメリカでも多くの読者が「高過ぎる!金返せ!」と怒っていますが、私のように英語力の無い者にとっては素晴らしく読みやすい長さでした。ちなみに電子版の作品情報による想定読了時間はたったの1時間半です。もちろん、私はその5倍くらいかかりましたが!!

 Elevation=高揚、浮遊。この小説にこれ以外のタイトルは無いという、すべてを説明してしまっているタイトルです。主人公の中年男性スコットに重力がだんだん効かなくなってくるという現象が起こり、数か月の間にそれが進行してゆくというなんともバカバカしい設定の物語です。足首に重りでもつけておけばいいんじゃないの、と思ったら体に触れているものも無重力化してしまうのでそれも無駄。このままいくとこの男性はこの地球上でどうやって生きて行けばいいのか。この設定通り、なんとも浮遊感漂う不思議な小説でした。
 どうしてそうなったのかなどが探られることもなく、男性の最期の静かな日々が、アメリカの保守的な田舎町(もちろんキングの創造都市キャッスル・ロック)の秋から冬への美しい季節の移り変わりとともに綴られます。変えられないことを嘆いて終わるのではなく、自分がいなくなる前に何かひとつ小さくても物事を良い方に変えたいと願い、そのために行動を起こすスコット。街の人々から良い面を引き出し愛する人々に見送られて旅立つ彼は、象徴的な意味で天使のよう。
 キングは、普段から弱者や少数派に寄り添った発言をSNSで繰り返していますが、この小説にも「みんなあんまり偏見持たず仲良くやろうぜ」という作者の希望が色濃く出ています。あとは、70代という人生の円熟期に入ったキングの「こんなふうに終われたらいいよね」というファンタジーもあるのかなと思いました。

 今回も、序盤と結末、難しいと感じた部分はじっくり活字で読み、一部をオーディオブックで聴きましたが、いきなり「著者自身による朗読です」と言って、スティーブン・キングの声が流れてきた時には動揺してしまいました。キングの声だ!キングが読んでいる!棒読みだったらどうしよう!などと興奮してしまい、序盤はなかなか集中できませんでした。しかし、これがまた結構ちゃんと演技しているんですよ。セリフも、女性のところは女っぽい声と話し方、田舎者風の登場人物ではちゃんとそれっぽい英語で、マラソンの後の会話部分はぜいぜい言いながら演技したり、「キング・・・なかなかやるな!」とニヤニヤしながら楽しみました。こんな仕事もしているなんて。作家として活躍しているお子さんたちとも仲が良さそうだし、本当に充実した作家人生ですよね。
 この一冊だけで日本語の翻訳版がでることは無いかもしれませんが、後で何かの小説に一緒に収録されて欲しいです。短くも読後感の良い小説でした。 

Elevation

Elevation

  • 作者:Stephen King
  • 出版社/メーカー: Scribner
  • 発売日: 2018/10/30
  • メディア: ハードカバー