THE X-CHAPTERS / Xチャプター

米国から本の話題をお届け

日本の文庫本は、なぜあんなにも厚着なのか?

 引き続き蔵書整理中です。
 今日も、ラジオからジョン・レノンに2回ほど「今年は何かやったのかい?」とうるさく言われ、いやいややっています。そして、家のあちこちからこんなのが多数出てきました。

 カバーをひん剥かれた文庫本たち。私は本には絶対こんな非道なことはしない。誰だ、やったやつは。それにしても表紙カバーが無いと文庫本が一気に無価値に見えるのはなぜ? 本の中身は何も変わらないのに。
 この色、「肌色」って感じの色が、衣服をはぎ取られ素っ裸にされたって感じで本を惨めにしている感じがします。寒そう。なんでこの色? 紙の日焼けが目立たないように、最初から紙が日焼けしちゃってるような色にしたとか? いっそ真っ黒のほうが本棚にも統一感が出てカッコよくなっていいんじゃないでしょうか。
 だいたいなんで文庫本にはあんなに紙がかぶせてあるんでしょう? 肌色の本体→表紙カバー→さらにその上に帯→さらにさらにその上に本屋のカバーをかけてすべてを隠す。 日本にいる時は、疑問にも思わなかったけれど、よく考えると実に無駄なやり方なような・・・。地球にも負担が大きい。誰が始めたんだろうか、このやり方は。きっとこれで儲けているヤツがいて、やめるにやめられないとかいう理由があるに違いない。

 大陸マインドでおおざっぱ王国のアメリカは、こんな丁寧なことはもちろんしてくれません。一部ハードカバー本は本体の外にカバーがかかっている本もあるけれど、いわゆるペーパーバック(日本の文庫本より大きいけどソフトカバーで文庫本みたいな位置付け)は、丈夫な紙でできた表紙と裏表紙にすべてを直接印刷してあるだけ。

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直接印刷のカバー
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裏は「〇〇さん絶賛!」みたいな宣伝文句だらけ

 長く慣れ親しんだ日本の文庫本厚着方式には愛着はあるけれど、日本でも実験的に一部の文庫レーベルでアメリカ方式を取り入れてみたらいいんじゃないかと思います。だってこのやり方が普及すれば、もう文庫本裸問題は起こらないし、持ち歩きも楽です。

 アメリカのペーパーバックにたまにある新聞紙みたいな紙質だけは、日本に取り入れないでほしいですけど。読めりゃいいんだろとでも言いたげな紙質。今はもう死語だと思われる「わらばんし」っていう言葉が浮かぶレベルです。

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下の日本の文庫本の優れた紙質が分かる
 でもここまでひどいと読み終わった後に躊躇せずリサイクルのゴミ箱に捨てられます。とっといても数年以内に紙が崩壊しそうですから。

 アメリカでは、本屋さんで本にカバーかけてくれることももちろんありません。確か日本独自の習慣ですよね? こちらの皆さんは、そのまんま裸で本を持ち歩いているので、誰がどんな本を読んでいるのかがまるかわりで実に楽しいです。本を持っている人がいたら、全力で何の本なのかジロ見です。本好きの皆さんは、多分海外に行ったら、自分の好きな作家の本を読んでいる人に声をかけたい衝動を抑えるのに悶絶することでしょう。

They had only ever discussed books but what, in this life, is more personal than books?
(From page 18, The Storied Life of A. J. Fikry)
彼らは本のことしか話したことがなかった。しかし、この世界に本よりも私的なことがあるだろうか?

 これは前回紹介した『書店主フィクリーのものがたり』からの抜粋ですが、本をそのまま持って歩くって「自分はこういう人間です」って少し人に見せるようなものじゃないですか。英語に「open」という言葉があって、「隠さない」みたいな意味で使いますが、アメリカの人たちのそういうちょっとオープン、まさに自分という人間のドアや窓がちょっとだけ開いてる感じが好きです。
 先日、日本に一時帰国した時、本屋さんの「カバーをおかけしますか?」の問いに反射的に「はい」と言ってしまったけれど、本屋のお客さんがみんなカバーのかかった本を持っているのを見て、日本の本好きの皆さんももうちょっとだけドアを開けてくれないかな?と思いました。本の保護のためのカバーなら、透明カバーにするとか。そうしたら、お互いに楽しいし本の業界も盛り上がったりして、と妄想しています。
 まあ私も『どうして君は友達がいないのか』とか『お金持ちになれる黄金の羽の拾い方』とかそんな本読んでるとこ、あんまり見られたくないですけどね。 もし本のカバー文化が無くなったら、村上春樹みたいな「持ってるとカッコよく見える気がする本」がますます売れるようになりそうですよね。