THE X-CHAPTERS / Xチャプター

米国から本の話題をお届け

2019年にバズって大ベストセラーになったサイコサスペンスは、愛と復讐の美しい物語『The Silent Patient(日本語版題名:サイコセラピスト)』(by Alex Michaelides)

Her silence was like a mirror—reflecting yourself back at you. And it was often an ugly sight.
 彼女の沈黙は、あなた自身をあなたに向けて映し返す鏡のようだった。そしてそれは、しばしば醜い姿だった。

 

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『The Silent Patient』アメリカ版の表紙、英国版と少し違う
 2019年の英語圏のサイコスリラー/サイコサスペンスの「この一冊」と言ったら、この本で決まりでしょう。実に売れました。

 2019年2月刊行、著者Alex Michaelides(アレックス・マイクリーディーズ)のデビュー小説です。映画化も既に決定。デビューで大当たりして映画化されてますます売れるという、このジャンルの規定路線に順調に乗っています。『ウーマン・イン・ザ・ウィンドウ』で2018年に同じ道をたどった詐欺師作家AJフィンの賛辞が表紙に引用されてますね。まあ、個人的にはこちらのほうが10倍くらい優れていると思いますが。goodread(英語圏最大の書評SNS)の2019年最も人気のあった本にも選ばれました。

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読書SNS「Goodread」の2019年人気のあった本ランキング第一位
 
 日本語版も出てるんですが、この邦題はなんですか? なんでこんな題名にしちゃったの? 『The Silent Patient』っていう題名が誰かに商標登録でもされてたんですかね? 映画と本の邦題に関する文句書かせたら、原稿用紙10枚くらい余裕でいけます。本当にいつも謎です。 それに加えて、なんか表紙の装丁もやる気無いですよね。いい本なのに。これで手にとる人いるんでしょうか。これまた、アメリカで売れてる本と日本で売れてる本が一致しない好例です。

 小説の舞台はロンドン。幸せな結婚生活を送っていたはずの画家のアリシアは、夫を椅子に縛り付け顔面に5発の銃弾を打ち込んで殺害するという凄惨な事件を起こしてから、7年間一度も一言も言葉を発しない。事件の真相が解明されないまま、アリシアは精神障碍者の療養施設に収容されている。法医学心理療法士のテオは、アリシアの事件に強い興味を持ち、彼女を沈黙から救って事件を解明しようとする。しかし、彼もまた実の父親から心身共に暴力を受け苦しんだ過去を持つ、精神的に不安定な男性なのだった・・・。 
 まあ、これ以上は書けません。難しい内容では無いので何も知らずに気軽に読むのがいいでしょう。原書の英語も比較的平易なので、洋書に挑戦したい方にもおすすめです。
 驚くような新しいツイストやトリックがあるわけではありませんが、ここ数年このジャンルを読み続け、がっかりし続けて来た私としては、珍しく満足のいく美しくまとまった作品でした。ツッコミどころがないわけではないですが、丁寧に練りぬかれたドラマ、読後の余韻、ギリシャ系の著者のバックグラウンドが活かされた神話の引用は見事でした。偉そうな言い方ですが。こき下ろしが得意な私なのに、なぜかあまりこき下ろす気がおきません。

Somehow grasping at vanishing snowflakes is like grasping at happiness: an act of possession that instantly gives way to nothing. It reminded me that there was a world outside this house: a world of vastness and unimaginable beauty; a world that, for now, remained out of my reach.
 消えゆく雪のひとひらをどうにかしてつかむのは、幸福をつかむようだ。自分のものになった途端に無になってしまう。雪はこの家の外の世界を思わせた。広大な世界、想像することすらできないような美しさ、今は手の届かないところにある世界を。

 上記は、小説の最初のほうにある、少年時代の雪の夜を回想したテオの言葉ですが、これがラストシーンにつながっています。こんな埋もれてしまいそうなエピソードが最後で回収されていることが素晴らしい。深く長い溜息が出ました。
 そして、この小説は『ゴーン・ガール』と並んで、独身の方/新婚の方には向かない小説だと言っておきましょう。多分、結婚生活への夢が無くなると思います。そう、花火は短く終わるのですから・・・。

“We’ve talked about this before. Haven’t we?”
“About fireworks?”
“About love. About how we often mistake love for fireworks—for drama and dysfunction. But real love is very quiet, very still. It’s boring, if seen from the perspective of high drama. Love is deep and calm—and constant. I imagine you do give Kathy love—in the true sense of the word. Whether or not she is capable of giving it back to you is another question.”

「このことについては前に話し合ったことがある。そうでしょう?」
「花火のこと?」
「愛についてよ。よく花火を愛と勘違いしてしまう、つまり劇的な出来事や障害がある状態を愛を勘違いしてしまうことについてよ。でも、本当の愛は、とても静かで動かないものなの。退屈なのよ、盛り上がってるところから見るとね。愛は、深くて平穏で、そして一定しているものなの。あなたはキャシーに愛をささげたんだと思うわ。真の意味での愛をね。キャシーがそれをあなたに返せるかどうかは、また別の問題だけどね」

The Silent Patient

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*英語メモ:
meet half way 歩み寄る、譲歩する You need to meet me half way. (君は僕に譲歩すべきだ)
Can I get you something to drink? 来客に「何か飲みます?」