THE X-CHAPTERS / Xチャプター

米国から本の話題をお届け

あの時、別の選択をしていたらもっと良い人生があったのだろうか?『Dark Matter (日本語版題名:ダーク・マター)』(by Blake Crouch)

 愛され、待たれながら、毎日家に帰ってくる人たちがいるのはなんという奇跡だろう。
 私はいつでもそのありがたさをわかっていると思っていた。しかし、ここで寒さの中で座っていると、それを当たり前と思っていたのが分かる。そういうものだろう? 自分が手にしているもの、それらすべてがどれだけ危うくかつ完璧な状態にあるかなど、覆されるまでは知る由もないのだ。

(ブレイク・クラウチ著『ダーク・マター』より)
What a miracle it is to have people to come home to every day.
To be loved.
To be expected.
I thought I appreciated every moment, but sitting here in the cold, I know I took it all for granted. And how could I not? Until everything topples, we have no idea what we actually have, how precariously and perfectly it all hangs together.

(From "Dark Matter" by Blake Crouch)

 豪華製作陣とキャストで製作されたドラマ『ウェイワード・パインズ』の原作者として一躍人気作家になったブレイク・クラウチによる2016年7月刊行のSFスリラー。読書SNSのgoodreadでやたら人気が高かった一冊(2016年年間人気ランキング11位)。

Dark Matter: A Novel

Dark Matter: A Novel

  • 作者:Crouch, Blake
  • 発売日: 2016/07/26
  • メディア: ハードカバー
 日本語翻訳版はこちら。  ソニーピクチャーズがこの小説の出版前にプロットを読んだだけで映画化権を買って、ローランド・エメリッヒが監督に決まったというニュースまでは発表されたけれど、映画化に関してはその後どうなったかは不明。ちなみに、クラウチの最新の小説『Recursion』もNetflixでドラマ化が決定しています。小説のエンターテイメント性が高いので映像化と相性がいいんでしょう。

 将来を渇望される優秀な物理学者だったジェイソンは、20代後半で当時の交際相手だった現在の妻が思いがけなく妊娠し、生まれた子供の体が弱かったため研究を諦め家族中心の生活を選ぶ。才能あるアーティストだった妻も同様にキャリアを諦め家庭に入った。現在、二流大学で物理を教えているジェイソンは、その妻と健康なティーンエージャーに育った一人息子と平穏な日々を生きていた。ある日、何者かに誘拐され謎めいた研究所で目覚めるまでは・・・。その世界では、ジェイソンは成功した物理学者で結婚もしておらず息子も存在しないのだった。ジェイソンの身に何が起こったのか?

 「いわゆる〇〇系のSFです」のような紹介をするとネタバレになってしまう、なんともレビューや感想を書きづらい小説です。前半の不穏さが最高。後半は、多少収拾がつかなくなっている感あり。でも、後半の展開にこそこの小説のオリジナリティがあるように思います。結末はまとめるのに苦労しているのが伝わりました。あとは知ったこっちゃないという感じで、さっさと終わってますが、あの修羅場が発見されたら警察には解決不可能、世界が驚く怪事件になっちゃうんじゃないの!? 未解決怪事件で『オカルトクロニクル』に載っちゃう!
hyakunennokodoku.hatenablog.com
 英語は、そこらへんのYA小説よりずっと平易です。作者曰く「自分にとって初めてのラブストーリーでもある」そうで、ラブシーンや夫婦の性生活に関する会話が随所にあり、その部分と主人公が大人であることからYAのカテゴリーから外れていますが、文章自体は小学生でも読めそうなリーダビリティです。作者が小難しい文学表現に興味が無く、ストーリーやキャラクター、ドラマに賭けているのが伝わります。文学的な価値はゼロですね。
 書くのにとても苦労し時間がかかった小説だそうで、SF部分の設定は苦心の跡が感じられる反面、ドアうんぬんのところは正直陳腐な感じもしました。高度な科学知識に基づいた完璧な世界観を表現しているようなSFを多数読んでいる方には物足りない小説だと思います。
 しかし、私は作者が一貫して「読者にちょっとスリルを味わってほしい」というお化け屋敷演出のような「楽しませたい」という姿勢を貫いていること、一通りしか選べない人生のもどかしさと素晴らしさを伝えようとしているところが気に入りました。小さな選択の連続が今の自分を作っている。その選択が変わったら・・・? 
 読んでいる間中、なぜか『スライディング・ドア』というラブコメ映画が頭の中をよぎりました。主人公が下した人生の選択が問題になる映画ではないので、比較するのもおかしいですが、「地下鉄に乗り遅れた」「なんとか間に合って乗れた」という小さな違いでその後の主人公の人生がどう変わったか、というストーリーでした。その映画の結論が好きなのです。
 過去にどんな選択を下したか、ああだったらこうだったら・・・と考えることは誰しもあるでしょう。無限の選択と可能性にくらくらしますが、案外どれを選んでもどんなことが起こっても、今の自分のこの人生に収束していきそうな気がします。
 一気読みできる難しくないSFでどきどきしたい方は、是非読んでみて下さい。

英語メモ
“I don’t want you to, but I need you to.” 「行ってもらいたくはないけど、そうしてもらわなくちゃいけない」 下着一枚の女性が自分のベッドに入ってきて「向こうのベッドに戻ってほしかったら言って」とせまってきた時の主人公の返事。女性を傷つけずに断る便利な表現だ。使う機会は果てしなくゼロに近いと思うんだけどメモ。

“You guys are wasted.” 「あなたたち、酔っぱらってるね~」

old flame 昔の恋人

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