THE X-CHAPTERS / Xチャプター

米国から本の話題をお届け

スティーブン・キングの自伝+小説教本 クドい!でもそこがいい『書くことについて』(スティーヴン・キング)

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英語版『On Writing』より

本書のなかで、私はいかにして「書くことについて」の技と術に通じるようになったか、いま何を知っているのか、どうやって知ったのかを、できるだけ簡潔に語ろうと思っている。
(『書くことについて』前書きより)
What follows is an attempt to put down, briefly and simply, how I came to the craft, what I know about it now, and how it’s done.
(『 On Writing: A Memoir on the Craft』)

 簡潔・・・こ、これで!? 嘘でしょ!
 と、言いたくなるほどくどい前書きから始まる、本国アメリカでは2000年刊行のスティーヴン・キング先生によるそれまでの人生の回顧録と文章教本が一冊になった本。1999年にキングが交通事故で死にかけたため大幅に刊行が遅れたけれど、そのせいで本の締めがよりドラマチックになっています。
 私は現在キングの息子さんのジョー・ヒルの本にはまっているのですが、彼が最新短編集の序文で父・キングにどう育てられたかを書いているのを読み、無性にお父さんのキングの文章が恋しくなり、この本を引っ張り出してきました。なので、今回読んだのは英語版ではなく、ずっと前に買って手元にあった日本語版です。

書くことについて (小学館文庫)

書くことについて (小学館文庫)

 英語版も入手して、ちらちらと眺めてみましたが、元の本に比べて日本語版のほうは文調が固いように感じました。英語版は、キングが読者に気さくに手紙を書いてくれたような雰囲気とも言えるし、語彙や表現が面白いおじさんがべらべらしゃべり倒している雰囲気とも言えるのですが、日本語版のほうは年配の学者さんが難しい言葉で講義している感じ。キングは、文章がクドく一文が長く、表現も独特で、汚い口語もためらいなく使いまくるので、翻訳者さん泣かせの作家なんだろうと想像しています。

 本書は主に、

1)くどい前書き、
2)回顧録(代打逆転サヨナラホームランのような成功譚)
3)小説教本(ファンにはおもしろい)
4)事故からの生還体験記(痛いし恐ろしい)
5)キングが面白いと思った本のリスト(オリジナル版と改訂版の2リスト!大サービス!)

という部分から成っています。

 3)の小説教本部分は、彼の小説のファンか小説書きたい人以外は退屈でしょう。読み飛ばしてかまいません。私は、もちろん3)もしっかりと読みましたが、読みつつ、『ベイビーステップ』というテニスマンガで、主人公の「どうやったらそんなふうに打てるのか」という問いに対して、テニスの才能があるヒロインが「グッと構えて、サッと引いて、スパーーーンだよ!」と答えて主人公を困惑させるシーンが頭に浮かびました。キングの小説講座はそれを彷彿とさせます。書ける人が説明すると、「最初に登場人物を状況を設定するだろ、そうしたらあとは彼らが勝手にやってくれるのさ!プロットなんて要らんよ」になってしまう。グッと構えてサッと引いてスパーン!レベルのアドバイス。それでうまく行かないから、みんなどうやるのか知りたがってるんでしょうが。

 しかし、2)と4)はスティーヴン・キングにあまり興味が無いという人にとっても面白いと思います。
 さすが小説家の書く回顧録、「私はあの頃こうでした、ああでした、そしてこうなりました」と過ごした時を線形に淡々と追うのではなく、ちゃんと「豊かとはいえないシングルマザーの元で育った才能ある青年は、夢をかなえられるのだろうか」という小説のようになっていて、はらはらどきどきします。結果はわかってるんですけど。キングの母、兄、妻も脇役として魅力的。父が誰かを探ろうとしないのも興味深いです。人生の早い段階で自分の行くべき道を決めた青年にとっては、そんなことに割く時間は無いということなのでしょうか。私も父を知らないのですが、彼のようには潔く生きられていません。

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『On Writing』より、お兄さんと作った新聞

 キングと妻が病気の子供にろくに薬も買ってやれず、最低賃金の仕事で疲れ果てながら貧困にあえぐ姿は、その先の成功を知っていても辛いものがあります。

夏の日の午後、塩分補給の錠剤を服んでいる時などは、母の生活を繰り返しているような気がしてならなかった。たいていは笑ってすませることができた。だが、疲れていたり、金が無くて支払いが滞っていたりしたときには、笑いごとではすまなかった。こんな暮らしをいつまでも続けていていいわけがない。たとえ、世界の半分が自分と同じ境遇にあるとしても。
(『書くことについて』より)
There were times—especially in summer, while swallowing my afternoon salt-pill—when it occurred to me that I was simply repeating my mother’s life. Usually this thought struck me as funny. But if I happened to be tired, or if there were extra bills to pay and no money to pay them with, it seemed awful. I’d think This isn’t the way our lives are supposed to be going. Then I’d think Half the world has the same idea.
(From On Writing by Stephen King)

 彼と妻がそこから大逆転できたのは、「諦めない不屈の精神」があったからとかいうわけではなく、彼らが「書かずに生きられない人々」「書くために生まれてきた人々」だったからというだけのような気がします。もう小学校くらいの時から、天命に従って生きている感じ。迷いの無い、まっすぐな人生です。

 とは言え、アルコールやドラッグにおぼれた時期など、キングの人間として不完全な部分もきちんと書かれています。かなり重症の中毒で、物質依存の性質を自覚している私には「行きつくところまで行くとこうなるのか」という恐怖の記述がたくさんありました。
 でも残念ながらそのラリッてた時期に『シャイニング』とか『ミザリー』とか代表作多いんですよね。アルコールとドラッグは、クリエイティビティを助けるところがあるんでしょう。しかし、結局死んだら書けないわけですから。彼は死なないほうを選んだわけです。

アル中に酒を控えろと言うのは、腹を下している者に糞を控えろと言うに等しい。
Telling an alcoholic to control his drinking is like telling a guy suffering the world’s most cataclysmic case of diarrhea to control his shitting.

 
 そして、日本にも「キングが事故で重体で死にそう」というニュースが流れたあの事故を振り返る長い長い「後書き」。1)に出てきた「ちょっとだけ痛いからね」という、すごい苦痛を伴う処置を行う前に医者が言うセリフが最後に再登場するあたり、1)と4)がうまいこと繋がっていて、意図して書いたフィクションのようでさすがです。前置きがあるから、そのセリフの恐怖が増すんですよね。

  私はキングが大好きなので、彼の自伝など興奮して前のめりになってしまい冷静に読むことは難しいのですが、この本の読後ますます彼が大好きになり、この先どんな駄作を出そうとも好きな気持ちは変わらないだろうということを確信しました。不完全なところも含めて、実に人間らしい、歩んできた人生も魅力的な作家です。