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冬に読みたい良作ミステリ、謎解きより主人公の人生の行く末が気になる『The Life We Bury(邦題:償いの雪が降る)』(by Allen Eskens)

 

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『The Life We Bury』米国版のカバー
 なんじゃこの日本語版の題名はー!! 『償いの雪が降る』・・・、演歌かい!! ほんと、よくこんなポエムなタイトル思いつくもんだなあと半ば苦笑しつつ感心してしまいました。じゃあもっといい邦題あるのかと言われたら、原題をそのままにする以外考えつかないんですもの。Bury=埋める、葬る。「I」じゃなくて「We」になっているのもポイントです。登場人物のそれぞれが心の奥深くに埋めた人には言えない過去や秘密と向き合うという、小説の内容がよく表れた良いタイトルだと思うのですが、確かに日本語に訳しにくいですね。
The Life We Bury

The Life We Bury

  • 作者:Allen Eskens
  • 出版社/メーカー: Seventh Street Books
  • 発売日: 2014/10/14
  • メディア: ペーパーバック
償いの雪が降る (創元推理文庫)

償いの雪が降る (創元推理文庫)

 小説は、アメリカの冷蔵庫ミネソタを舞台に、苦学生のジョーが、年長者の伝記を書くという大学の課題のためにある男性と知り合い、彼が犯した30年前の凄惨な殺人事件を再調査するという素人探偵ものです。
 表紙やタイトルから想像されるような静謐でダークな雰囲気では無く、ロマンスあり、誘拐あり、冒険あり、ドンパチありなやや詰め込み過ぎ感もある盛りだくさんな忙しい内容になっています。
 作者のアレン・エスキンスはこれがデビュー作。本職のかたわら創作を勉強し続けた人のようで、本作がヒットして2014年のミステリ関係の新人賞を多数受賞し、その後も順調に小説を発表するに至っています。そのせいか、この小説にはデビュー小説特有の時間をかけた誠実さがあり、それが若い主人公の人生へのいら立ちや怒り、純粋さ、無鉄砲さと重なってとにかくフレッシュな勢いがあります。
 設定や謎解きは驚くような目新しさは無く、ミステリを読み慣れた人には平凡に感じるかもしれません。それに最後のほうのshowdown(決着場面)部分はハリウッド映画し過ぎな感じだし、後半は少し先が読めてしまいます。しかし! 私はとにかく主人公のキャラクタ設定が気に入り、彼に肩入れして応援してしまって気がついたら読み終わっていました。
 父親がおらず母親はアルコールとギャンブルに依存しているクズ、父親違いの弟ジェレミーは自閉症で18歳になっても7歳程度の知能しかない。金が無く、高校生の時からバーで下働きをさせられている。酔っぱらいの喧嘩を止めると言った用心棒的な仕事もこなすため、一通り喧嘩の仕方や護身術を叩き込まれている。そのせいで、Average Guyながら荒っぽい場面に耐性と度胸がある・・・という設定。
 純粋にミステリを楽しみたい人には主人公の私生活や家族との葛藤部分が「余計だ」「削れよ」と批評されており、確かにその部分は直接謎解きには関係が無く削っても充分物語は成り立ちます。そんなことは、作者も編集者も百も承知でしょう。では、なぜ入れたか。そこが書きたいところだったから、ということだと思うのです。ヒロインの痛々しい過去も然り、作者は過酷な状況から這い上がろうとしている若者たちを愛し気にかけ、物語に是非とも入れたいと思ったということでしょう。それだけで、この作者が好きになってしまいます。
 飲酒運転で捕まって留置場にいる母親が、主人公が貯めた学費で自分を保釈してくれと頼む場面は、私にとってはこの小説で一番生々しいところで、正直終盤のクライマックスより前のめりになってはらはらしながら読みました。

“I can't bail you out, Mom. I can't. If I give you three thousand, I can't afford to go to college next semester. There's just no way to do it.”
“Well then…” She leaned back in the plastic chair. “…you'll have to take care of Jeremy while I'm in here, cuz I'm not goin’ on no damned monitor.”
And there it was: the final card in her hand, proving that she had the royal flush; she had beaten me. I could try bluffing and say that I would leave Jeremy in Austin, but that bluff was naked and my mother knew it.
(From "The Life We Bury" by Allen Eskens)

「母さん、保釈なんてできないよ。できないんだ。30万も払ったら次の学期に大学に行けなくなる。それだけはできないよ」
「それじゃあ・・・」母はプラスティックの椅子にもたれた。
「あたしがここにいる間、あんたがジェレミーの面倒を見るんだね。あたしはあんな監視装置なんかつけないからね」
 そう、それがあるんだった。最期の切り札は母が持っていて、しかもロイヤル・フラッシュというわけだ。ジェレミーをオースティンに置き去りにすると言ってブラフをかけてみることもできるだろう。でも、そんな見え透いたハッタリは母はわかる。

警察は、アルコール摂取を感知する監視装置(そんなものがあるんですね)をつけるならタダで釈放する、という寛大な措置を提案してくれているのに、母親は絶対つけない(つけたら飲めない)と言い張り、自閉症の弟をタテに約30万円の保釈金を払ってくれと主人公に懇願するわけです。

But deep down, I knew the truth: I needed her—not as a son needs a mother, but as a sinner needs the devil. I needed a scapegoat, someone I could point at and say, “You're responsible for this, not me.” I needed to feed my delusion that I was not my brother's keeper, that such a duty fell to our mother. I needed a place where I could store Jeremy's life, his care, a box that I could shut tight and tell myself it was where Jeremy belonged—even if I knew, deep down, that it was all a lie.
でも心の奥深くで、僕は真実を知っていた。僕には母が必要なのだということを。息子が母親を求めるようにではなく、罪人が悪魔を必要とするように。僕には、身代わりになってくれる人、つまり「あんたにこの責任があるんだ、僕じゃない」と指さして言える誰かが必要だった。僕は弟の管理者じゃないしそんな役目は母親にあるべきなんだ、という自分の欺きに餌をやらねばならなかった。ジェレミーの人生や世話をしまっておける場所、しっかり蓋を閉めてそこがジェレミーのいるべき場所なんだと自分に言い聞かせておける箱が必要だった。心の奥底では、それがすべて嘘だとわかっていても。

 今すぐケースマネジャーに電話して弟にデイサービス探してやれよぉおおおおお!!と心で叫びましたが、それは母親の仕事ですね。彼の上記の言葉が、いわゆる「きょうだい児」の現実だと思います。彼は弟を深く愛している、でも母から、弟から逃げて自由に自分の人生を生きたいのです。そんな彼が家族との葛藤にどう決着をつけるのか、そっちのほうが30年前の殺人事件の真実よりも気になりました。
 私のように感じた読者は多かったのか、その後の主人公が書かれた続編『The Shadows We Hide』も2018年に発表されていて好評です。自閉症の弟との関係のその後、ヒロインとのその後も描かれているということで、読んでみたくなりました。

The Shadows We Hide

The Shadows We Hide

  • 作者:Allen Eskens
  • 出版社/メーカー: Mulholland Books
  • 発売日: 2019/10/01
  • メディア: ペーパーバック
 ちょうどこれを書いている時、窓の外に大きな雪がぼんぼん降ってきました。とても丁寧に書かれたことがわかる良質ミステリなので、冬に暖かい部屋で、是非手にとってみて下さい。 

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英語メモ
as bad as it gets 最悪である、落ちるところまで落ちた That's about as bad as it gets. (最悪も同然だよ)