「なあ、ジェイミソン、自分が生きてると思ってる人生ってのは現実じゃないんだ。影絵の劇でしかないんだよ。俺ってやつは、そこでライトが消えると喜ぶやつさ。暗闇じゃ、影は全部消えるからな。」
“You know, Jamieson, this life we think we’re living isn’t real. It’s just a shadow play, and I for one will be glad when the lights go out on it. In the dark, all the shadows disappear.”
(From The Institute by Stephen King)
皆さんは、アメリカのスーパーなどによく大量に貼られている行方不明の子供たちのポスターを見た事があるでしょうか。下記サイトにあるようなやつです。
childfindofamerica.org
それらのポスターによく、行方不明当時の写真と、CGで予想される現在の姿の画像が二枚、どちらかというと後者のほうが大きく載っているのですが、私はその二枚の画像の中の姿に隔たりがあるほど、行方不明になってから流れた時間の長さを感じ、待っているご家族とそのお子さんを思って毎回泣きたいほどの動揺を覚えます。
その子に何が起こったのか? どこへ行ってしまったのか?
それに関して想像に想像を膨らませると、こんなこともあるかもしれない・・・キング先生の2019年9月刊行の最新長編はそんな小説です。ホラー要素は薄く、YAにも入れられそうな超常現象サスペンス・スリラーになっています。現時点(2020年2月)では日本語版は見つけられなかったのですが、そのうち出るんじゃないでしょうか。
映画化の予定は無く、ビル・ホッジズシリーズをドラマ化した製作者たちによりテレビドラマのシリーズにすることが既に決定しているそうです。映画にするには長過ぎるんですよね。原作の内容を損なうことなく映像化するとなると、ドラマにして何回かに分けるしかないのではないかと思います。

- 作者:King, Stephen
- 発売日: 2019/09/10
- メディア: ハードカバー
キング先生も72歳、この先こういうがっつり長い長編を何作出してくれるかは誰にもわかりません。2020年も刊行予定の本があるようですが長編ではなく中編小説のコレクションだそうです。 キンドルの書籍情報ページによると、本書は577ページ、平均読了時間は9時間半。でも、私はこの1冊のために約1週間費しましたよ・・・。もちろん、飲まず食わずでほかに何もせず読んでいたわけではないですけど、可能な限りすきま時間を見つけて読み、運転などの単純作業中は耳で聞き、起きている間のかなりの時間、脳がこの本に占領されていた感があります。もう最高の読書体験でした、本の四分の三くらいまでは・・・。
ゆっくりとした出だし、流れ者みたいになってしまった元警官がアメリカ南部の小さな街にふとした気まぐれからたどり着き、そこで暮らし始める。田舎町の住人たちと徐々に心が通い合う心温まる展開の直後、いきなり物語はまったく何の関係も無い何千キロも離れたミネソタへと飛び、さらにキング先生のおひざ元のメイン州へと続きます。そこからは、特殊な能力を持つ子供たちの施設での恐怖と悪夢の体験が延々と続くわけです。
冒頭と中盤の全く異なる二つの物語がどこで一つになるのか、そこまでの流れが素晴らしい。さすが、熟練の域に達しているなあと。痛み、飢え、渇き、寒さ、見えない追っ手の気配、いろんな感覚を刺激されます。キング親子は、小説で何か読者に教訓を与えようとか読者が何かを学べるものを書こうとかそういうつまりは全く無いようで、小説はナルニアに行くクローゼットの役割さえ果たしていればいい、つまり読者を少し別の世界に連れて行ければいいんだという考えのようなのですが、それは見事に成功しているとしか言えません。私は、日常の煩雑な悩みをしばし忘れて物語の世界に没頭しました、四分の三くらいまでは・・・。
なんなんでしょうね、この前作『The Outsider』でも感じたもやもやは。『11/22/63』とかでも感じたんですけど・・・。
例えるなら、最近のキング先生の長編は、ものすごく長いミステリートレインみたい。
着くまで長いことは分かっている。分かって乗っている。でも、電車の中のサービスのレベルが素晴らしいし、途中見える景色もほかの旅ではめったに観られない美しさ。このミステリートレインじゃないとこういう高揚感は得られないなあ、一瞬も退屈しないよ、などと楽しい旅を続ける。ところでどこに着くんだろう、こんなに途中が楽しいんだから着くところもすごいところに違いない。お、もうすぐ到着かな、花火をあがったよ・・・・・・あれっ、花火もう終わり? もう着いたの? ここ? ああ~前にも来たことなかったっけ~?この街~? しょうがない降りるか。観光したって一週間で忘れそうなとこだけど。
・・・みたいな感じです。
始まりと途中がすごくいい。でも、その素晴らしさをうまく収束させるのがいかに難しいか、そこに尽きます。「終わりよければすべてよし」の逆は無いんですよね。始まりと途中がぐちゃぐちゃでも、最高の着地をすればなんとなく全部許せてしまうんですけど、最後が尻すぼみしていると読後感がもうなんというか、脱力感しかない。
いやー、小説って本当に難しいですね。
でも、やっぱり最初と途中のわくわく感が忘れられないんですよ。そしてまた私はキング先生のミステリートレインに乗ってしまうんだろうなあと思います。本作がキング先生の代表作にはならないとは思いますが、読んで楽しい小説なことは間違いなし。
そして、もし、手にとる方がいらっしゃったら、是非後書きまで読んで下さいね。老齢にさしかかり、辛い別れが多くなってきたキング先生の、創作における大切な協力者との思い出と別れが綴られています。「ものすごく君に会いたいよ」というストレートなキング先生の悲しみの言葉に私は泣いてしまいました。キング先生、次作を出せるのか心配。私で良ければ雇って下さい! 喜んで何でも手伝いますよ!!
blog.the-x-chapters.info
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英語メモ
blow a raspberry, give a raspberry 嘲る、バカにする、ブーッとかベーッとか口で鳴らしてバカにする Iris blew another raspberry. (アイリスはもう一度ブーッという音を鳴らした)
give or take およそ
flip someone the bird 〔中指を立てて〕人を侮辱[挑発]する Iris flipped him the bird. (アイリスは彼に中指を立てた)
hoodlum, hoods やくざ、チンピラ
once-over ざっと見渡したり調べたりすること、やっつけ仕事 He was given a quick once-over: blood pressure, heart rate, temperature, O2 level. (彼は、血圧、心拍数、体温、O2値などの簡単な検査を受けた)
What goes around comes around 自業自得、自分のやったことは巡り巡って返ってくる