THE X-CHAPTERS / Xチャプター

米国から本の話題をお届け

Netflixのドラマ化で話題! 数奇な過程をたどった連続レイプ事件が浮き彫りにする、レイプという犯罪の闇の深さと捜査陣の執念『A False Report: A True Story of Rape in America』(by T. Christian Miller, Ken Armstrong)

"Many detectives avoided sex crimes if they could. They weren’t as high profile as homicides; nobody came looking to do a movie about a rape case. "
「多くの捜査官ができる限り性犯罪を避けていました。性犯罪は殺人事件ほど目立たない。レイプ事件を映画にしようと人はいないでしょ。」
"Where homicides were black and white, rape was filled with grays. And rape victims were alive and hurting. Their pain was always in your face—and you could never, ever look away."
(Words by Stacy Galbraith, From A False Report: A True Story of Rape in America)
「殺人事件が白黒はっきりしているのに対し、レイプは灰色に満ちています。レイプの被害者には命はあり、そして傷ついている。彼らの苦しみはいつだって顔に表れているのです・・・そしてあなたは、絶対に、決してそれから目を背けることはできない。」
(ステイシー・ガルブレイス捜査官の言葉、『 A False Report: A True Story of Rape in America』より)

 アメリカに住みながら日本のニュースをネット越しにチェックしている身ですが、ネット上の一般人のコメントや各社マスコミの関連記事の流れが、気付かぬうちにガラリと変わっている事件や話題や人物を見かけ、「いつのまにこうなった?」と驚かされることがあります。途中経過がすっぽ抜けている身からすると、まさに手のひら返しのように扱いが変わっているので、結構劇的で茫然とします。
例として挙げると「愛子様」とか。最近だと「伊藤詩織さん」でしょうか。批判の声が減ったなと思いました。
 伊藤詩織さんはまだ戦っておられ、結論が出ていない段階ではありますが、同じ女性として彼女の勇気はやはり尊敬に値するものがあると思います。そして大きな意義もあった。「被害にあった」と声を上げると、声を上げない場合よりもっともっと多くのものを失い苦しむのだという現状を浮き彫りにしたからです。これでは「黙っていたほうがいい」ということになってしまう。女性に性暴力をふるう卑劣な奴らの思うつぼです。それでいいのか、できることは何もないのか、変えられることは何もないのだろうか、ということを伊藤詩織さんは訴えたいのではないのでしょうか。
 今回読んだ一冊は、レイプ犯罪の告発や捜査において日本よりは「先進国」とされているアメリカでも、依然として「難しい」ということを噛みしめずにはいられない内容でした。初刊2016年のピューリッツァー賞受賞のジャーナリスト二人によるリポートなのですが、2019年にNetflixが『Unbelievable(邦題:アンビリーバブル たった1つの真実)』という名前のミニシリーズとしてドラマ化した際に、改題して再出版されています。

Unbelievable: The shocking truth behind the hit Netflix series

Unbelievable: The shocking truth behind the hit Netflix series

 元の題名は直訳すると、『虚偽申告:アメリカのレイプの実話』。
 本の冒頭は、2008年8月のシアトル近郊から始まります。18歳のティーンネイジャー、マリーがレイプされたとの通報が入る。度重なる事情聴取の中、マリーの証言は細部に齟齬が生じてくる。情緒不安定で精神的な病の病歴もあるマリーに対し、マリーに近しい人々も懐疑的になってゆく。警察官に厳しく事実を追及されたマリーは、ついにレイプは虚偽であったと認める書類にサインをし、警察がそれまで収拾していた証拠はすべて破棄されてしまう。
 そしてその二年後。遠く離れたコロラド州で、女性警官ステイシー・ガルブレイスはあるレイプ事件の捜査を担当する。まったく面識の無い覆面男性が夜中にベッドの脇にいて、銃で脅されながら言いなりになって数時間に渡ってレイプされ、数えきれないほどの画像を撮られ録画もされた、という被害者の証言内容。ガルブレイスがそれを同じく警官である夫に話したところ、夫は「コロラドのまったく別の地域で似たようなレイプ事件の通報を受けたことがある」と言う・・・・・・。

 ここから、コロラド州内の点と点が徐々につながり(コロラド州は広い)、犯人が追い詰められていくのですが、これって実話なのかと疑いたくなるような、なんかのミステリ小説みたいな展開です。まさに「事実は小説より奇なり」で、一気読みの内容でした。終盤まで、冒頭の18歳女性マリーの虚偽申告の経緯の真実が分からないように書いてあり、そして犯人も特定されてから逮捕までに困難が生じ(そっくりな弟がいる)、ページをめくる手が止まりません。
 そうやって読者をくぎ付けにしておきながら、著者たちは、アメリカのレイプ捜査の現状や、捜査テクノロジーの歴史(レイプキット、DNA鑑定、ナンバープレート解析などなど)、レイプ犯罪の裁判の歴史、転機となった事件等々を随所随所に織り込み、ジャーナリストらしい仕事をしています。被害者、捜査関係者、そして犯人の内面まで、各人物が事件までどういう経歴だったかどういう人物かの調査と掘り下げもすごい。二人の女性警官が犯人逮捕の中心的な役割を果たした点には、警察、特に性犯罪の捜査に女性の存在がいかに大切かを示していると思いました。対して、男性二人が担当した事件のほうは・・・。 やはり男性にはレイプ被害者に親身になるのが難しいのかなとも思います。男性は普通レイプされませんもんね。でも、こうやって男性著者二人が性犯罪被害者の不遇を必死にリポートしていたりもするし、性別でひとくくりにして考えるのは乱暴だというのもわかるのですが・・・。
 この本の著者が、「(犯人以外は)誰も悪くはないのだ」というなるべく中立的な立場に立ち、誰か特定の人を糾弾しないように努めているせいで、やや歯切れの悪い論調で、「あとはあなたたちがお考え下さい」なのが多少もやもやしました。自身の意見を一切排除して客観的に書ききったという点で、ジャーナリストとして素晴らしいとも言えますが。
 今後に向けてこの事件をどのように活かすか、何が間違っていたのか、具体的な部分は、エピローグ「Eighteen Wheels」内の警察関係者の内部調査報告書からの引用や専門家からの意見にとどまっています。数多くのレイプ事件を扱ってきた男性捜査官による考察で、そこは読んでいて胸がすく思いでした。要するに「証拠に徹せよ」「証拠の無い外部からの意見など捜査に何の関連も無い」「被害者は精神的なショック状態で証言しているということを念頭に置け」、というよく考えると当たり前のことで、この当たり前がレイプ事件だと一気に難しくなるのを変えて行かなければならないのだということがわかります。 

Someone’s opinion, with no supporting evidence, has “absolutely no relevance in an investigation,” Rinta wrote.
誰かの意見はそれを証明できる証拠が無いのなら、「断じて捜査に無関係だ」とリンタ捜査官は記述した。

 被害者が、その「証拠」のために、ただでさえレイプされて死ぬほど怖い思いをしたのに、警察指定の病院に行って、体の隅から隅まで検査受けてサンプル取られるのも本当に辛いですけどね・・・。

 この事件の犯人に関してはもう、読んでいておぞましさを通り越して憐憫の情すら湧きました。彼は、ターゲットに対して綿密な調査に調査を重ね、警察官が読む捜査の教科書みたいな本まで熟読し、周到な準備の上にあらゆる年齢層(おばさん、おばあさんも自分は大丈夫と思ってはいけません)、人種やバックグラウンドの女性に犯行を重ね続けました。DNAの証拠を残さないために、被害者を脅しながら歯磨きさせて、20分以上シャワーを浴びさせて徹底的に全身を洗わせる徹底ぶり。

He knew that the Army had a sample of his DNA. He worried that the cops might be able to access that record and identify him. So he took steps to avoid leaving genetic traces. He told Grusing that he knew, in the end, it was an impossible task. “You can’t beat the technology,” he said.
彼は軍が自分のDNAのサンプルを持っていることを知っていた。警察がその記録にアクセスし自分の正体が明らかになることが心配だった。そこで、遺伝的な痕跡を残すことを避ける手順をとった。結局それは不可能なことだとわかった、と彼はグルーシング捜査官に語った。「テクノロジーには勝てないよ」彼は言った。

 そう、結局わずかに残されたDNAの証拠は逮捕への決め手の一つとなります。現代の捜査テクノロジーのすごさ。悪いことをしたらほぼ確実につかまります。それでも犯行を止められない犯人の業、こういうのはもうどうしようもできないのでしょうか。
 以下、65歳の女性ドリスをレイプした時の会話です。なんとかしようとした被害者の心情、犯人の心の闇に心がかき乱されます。

During the attack, she had told him that she was sixty-five years old, too old to rape. “That’s not old,” the rapist had responded. (Snip)
暴行の最中、ドリスは彼に自分は65歳でレイプするには歳をとり過ぎていると言った。「年寄りじゃないさ」、レイプ犯は答えた。(中略)

“I know I’m going to feel bad about this later, but I can’t help it,” he had told her. “You should get help,” Doris told him.
“It’s too late for that,” he replied.
「こんなことをしてひどいと後で思うのはわかっている、でもどうしようもできないんだよ」彼はドリスに言った。
「あなたは助けを求めるべきよ」ドリスは言った。
「もう遅すぎる」彼は答えた。

 Doris said she tried to be sympathetic. He was still young. Maybe he had been abused as a child. It was not too late to change. The man slapped down the idea. He had never been abused. His parents were loving. He didn’t smoke, drink, or do any drugs.
 ドリスは同情しようと努めたと言う。彼はまだ若かった。子供の頃に虐待されていたのかもしれない。変わるには遅すぎるということは無い。男はその考えをはねつけた。彼は虐待されたことも無いし、両親も愛情豊かだった。煙草も吸わず、酒も飲まず、ドラッグもやっていなかった。

 “If they knew what I did, it would kill them,” he told her. He had to rape. It was a “compulsion,” he told Doris. He had been fighting it a long time. He had lost again and again. “I can’t help this,” he said.
 「親が俺がやってることを知ったらショックで死ぬだろうよ」彼はドリスに言った。彼はレイプしなくてはならなかった。「脅迫的な衝動」だと。彼は長い間その衝動を戦ってきて繰り返し負け続けて来たのだ。「どうしようもできないんだよ」彼は言った。

 
 問題のある家庭で育ったわけでもなく、何かきっかけになる出来事があったわけでもない。本当にそう生まれついた、という感じです。現に、同じ家庭で同じように育った二歳差の弟は、いたって普通の男性に育ち、犯人も昼間は普通の人間としてふるまって結婚までしていたし、精神的な病とかそういうことではないと思うのです。

“As a mother, I’ve heard people say, ‘You can’t blame yourself for this.’ Why, why can’t I blame myself? I’m his mother, I raised him; if it wasn’t something I did, then it was probably something I didn’t do.”
「母親として、”このことで自分を責めないで”と人に言われたことがあります。でもどうして、どうして自分を責めずにいられるでしょうか? 私は彼の母親、私が彼を育てたのです。私が何かをしたせいじゃないというなら、私がやらなかった何かのせいなんでしょう」

 犯人の母親の言葉です。悲しい。
 ただただ、サディストに生まれついてしまった、こういう人が人口の中で必ず何割かいるのでしょう。どうにかできないんでしょうか。犯人は、思春期の頃に自分の性癖を自覚しその後苦しんできたそうで、「思春期の頃にセラピーなどの助けがあったら今の自分になっていなかったかもしれない」「俺はかなり苦しんだから良いセラピストになれるかも」などと言っているので、こういう人を罰するだけではなく、よく話を聞いて同じような性癖の人が犯罪を犯さない方法をなんとか考えて欲しい。
 やむにやまれぬ衝動に勝てずにやった、という割には被害者の画像や動画をポルノサイトで売って稼いでいたというところが、ただの卑劣なヤツ、鬼畜なんじゃないかとも思えますけどね!! 

 あと、女性の皆さん!! SNSで一人暮らしだとわかるようなことを書くのはやめましょう!! ほかの個人情報もなるべく控えましょう!! ほんと、ペットだのお花だのの写真だけにしたほうがいいかも。この犯人のターゲット漁りは、完全にSNSだよりでした。 
 諸事情で一人暮らしをせざるを得ない女性にもうひとつアドバイス、基本的ですが窓からドアにいたるまでしっかり施錠、セキュリティシステムかよく吠える犬を飼いましょう。犬は、どんなセキュリティシステムよりも嫌だったそうで、犬のいる家は即座にターゲット候補から外れたそうです。犬、すごい!

 長い記事になってしまいました。でもまだまだ書き足りないくらいの本です。是非日本語に翻訳されて欲しいし、本が翻訳されないならNetflixのシリーズを一人でも多くの人に観ていただきたいです。ミステリやサスペンスとしても一級品です。マリーには幸せになってほしい。そしてマリーのように守ってくれる親や兄弟がいない女性をサポートする方法はないのか、それについても考えさせられました。
www.youtube.com 

『This American Life』でも同事件が扱われています。
www.thisamericanlife.org