THE X-CHAPTERS / Xチャプター

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中学校教師と女生徒の不毛な恋愛が疲れる 盗作騒動で話題の一冊『Excavation: A Memoir』(by Wendy C. Ortiz)

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 今年2020年、アメリカでヒット必須の本として、ケイト・エリザベス・ラッセルのデビュー作『My Dark Vanessa』という本があります。

 簡単にあらすじを書くと、

「本好きな中学生が自分のその知性をよく理解してくれる中学の国語教師と出会い深い関係を持ってしまう。そして何年も後に大人になってから、彼女はその教師が今や性犯罪者(Sex Offender)として逮捕されていることを知るのだった。彼女にとっては、彼女とその教師の関係は大切な真剣な初恋だったのに・・・」

 という、なんともセンセーショナルで、かつMeTooムーブメントでティーンの頃に性犯罪の被害に遭った被害者が次々と声を上げている今、確かにタイムリーなプロットです。出版社が「今なら売れる、今こそ売らねば」となるのもわかります。

 『My Dark Vanessa』は、版権がウン億円、初版数は一体何十万部なのか、とにかく出版社が今年の目玉として売る気満々。選ばれたらヒット確実のオプラ・ウィンフリーのブッククラブの3月の課題図書にも選ばれ、もう発売日(2020年3月10日)のはるか前から話題沸騰で出版社もホクホク・・・だったところに、ケチをつけたのが、今回読んだ本の著者ウェンディ・C・オーティズです。

 「『My Dark Vanessa』のあらすじは、私の2014年に出した回顧録『Excavation』と不気味なくらいかぶっている。白人バージョン(※ウェンディ・C・オーティズはラテン系女性)の『Excavation』ってわけね、楽しみだわ」

 と、かなり好戦的なツイートを出し、オーティズさんの本の読者も支持しました。
 この盗作疑惑でもめることをを躊躇したオプラはブッククラブをキャンセル。盗作を疑われた『My Dark Vanessa』の作者は、「オーティズさんの本は小説執筆の資料として読みました。でも『My Dark Vanessa』は私自身の体験も元にして書いたフィクションなんです」と、彼女自身も教師と関係を持っていたかのような過去を告白する羽目に。

 この盗作騒動の背景として、やはり最初に出したオーティズさんの本のほうは、出版まで何年も時間がかかり、出版社も小さなところで、かつ出版後もあまり売れなかった(売ってもらえなかった)というのがあるのかなと思います。同じようなストーリーなのに、なんであの人のほうだけこんなに大騒ぎされるわけ!?と頭に来るのもわかります。
 
 面白そうなもめごとだったので、ここは両者に敬意を表して両方読んでみることにしました。まずは「盗作元」とされている『Excavation』の方から。

Excavation: A Memoir (English Edition)

Excavation: A Memoir (English Edition)

 現在のお顔とそっくりなので、表紙の女の子は著者のウェンディ・C・オーティズさんの若い頃のポートレイトですよね。この表紙がすごく好きです。しかし、さわやかな表紙とは裏腹に、読み通すのが辛くなるようなダークな内容。

 昔から読むこと書くことが好きだった著者が、自分が書き残した日記や詩やメモから、土から化石を発掘(Excavate)するように過去を探り、詩的に書きあげた短い回顧録です。

 あらすじは、本当に冒頭の『My Dark Vanessa』と同じ感じなのですが、これはねえ・・・盗作されてしまうのもわかるというか、設定が魅力的なのに、内容がそれを活かしきれないうちに終わってしまっていると感じました。 フィクションではなくて、回顧録として書いたせいで相手の中学教師を含む多方面に気を遣わなくてはならなかったのでしょうか。なんとも消化不良なのです。

 28歳の教師のジェフとの親密な関係が始まったのはウェンディが13歳の時。そして、14歳で一線を越えて、それがダラダラダラダラと何年も続くのですが、その部分はかなり詳しく彼女の苦しみや混乱が書かれています。

 この子にとって、この関係の何が辛かったかというと、未成年で大人の男と関係してしまったことではなくて、要はオープン・リレーションシップを強いられたということではないかと。
 ジェフと肉体関係を持ったことに関しては、「自分も望んだこと」と明言し特に倫理的な葛藤も無い様子。ジェフは独身だし。でも、彼は自分とそういう関係を持ちながら、しょっちゅうほかの女性とも関係を持っている話をフツーに会話に挟んでくる。つまり男の方のスタンスは、「僕は複数の女性と関係を持つから、そちらもどうぞ」というオープン・リレーションシップで行きたい、ということだったのです。 それはねえ・・・最初にやる前に言わないと・・・やってからそういうことでいいね?というのはちょっと・・・。

 Goddamn him.
 My body felt hot and prickly. If someone touched me, I thought I might explode into a million needles.
 My head throbbed with a mantra.
 I hurt I hurt I hurt.
 あんな奴なんか!
 体が熱く棘だらけに感じた。誰かが触れたら、爆発して何百万もの針になってしまうと思った。
 頭が、ひとつの言葉でズキズキした。
 ”痛い、痛い、痛い"

 (snip) I was wasting hours of my life pining away for this man that taunted me with his sexual innuendos.
 (中略)性的なほのめかしで私を愚弄するこの男を恋い焦がれ、私は人生の何時間もを無駄にしていた。

 上記は、ジェフと、長期間に渡ってその彼とくっついたり離れたりしている恋人がデートしている間、自宅で悶々としている14歳の著者ウェンディちゃんの心境です。彼が自分だけを見てくれないことを苦しんでいる、普通の女性の悩みに聞こえます。でも、ウェンディ自身も徐々にオープンリレーションシップに染まっていったのか、自分の彼氏をほかに作って、それでもジェフと関係を続けるようになるのです。自分がされて辛かったこと、つまりよそでほかの異性と関係を持って楽しかった体験を嬉々と語るようなことを自分もするようになります。

 “Jeff, it was the best sex of my life,” I squealed into the receiver. I felt full of Nicholas, my clothes ripe with his scent, the smell of skateboards, clean cotton t-shirts and pot. (snip)
 「ジェフ、人生最高のセックスだったの」、私は受話器を向かって歓声を上げた。私はニコラスのすべてを感じ、服が彼の香りに満ちているのを感じ、スケートボード、清潔なコットンのTシャツ、そしてマリファナの匂いを感じていた。

 ・・・14歳で「人生最高のセックス」って。ちょっと笑ってしまいました。いや、笑い事じゃないか。若いうちに変な男性に精神的に支配されるとおかしくなってしまうという好例ですね。そして、これに対する男の回答が以下。

 “The best, huh? But was it the kinkiest?”
 「最高、か。でも一番倒錯したセックスではないよな?」

 “You better not get into any trouble,” he admonished, breaking my concentration. “Don’t get in trouble, get pregnant or anything.”
 「トラブルにならないようにしろよ」、彼は私の集中を遮って諭した。「トラブルを起こすなよ、妊娠とかな」

 これはもう二人で性的なファンタジーの実現を追及している関係なのかと思いきや、「私たちの関係はセックスだけなの?」と思い切って聞いたウェンディちゃんに、「じゃあセックス無しの関係にしよう」と言って性関係抜きで会い続けたりもするのです。「この友情を続けようね」というのが男の側の定番フレーズです。そう、二人の関係を「友情」と呼んで、多分当人たちもどうしていいのかわからないまま、腐れ縁のようにくっついたり離れたりを何年間も繰り返しているかのよう。
 読んでいて、この場面は少し前に出てきた同じ場面ではないか、なぜこの場面がこの小説に必要なのだろうと思ってしまうような箇所が多く、二人の不毛な関係を表すための効果なのかもしれませんがぐったりと疲れました。

 ちょっとこのウェンディちゃん自身がぶっ飛んでいる子なのも、この小説を読みづらくしている要因かとも思います。お父さんは家庭を捨て、お母さんはアル中でほぼ育児放棄、14歳でスパスパ煙草吸って、15やそこらでマリファナとかLSDとかいけないお薬やりまくってるという危うい子なのに成績優秀という・・・こんな子がいたら、確かに大人の男性としては性的な妄想を掻き立てられてしまうだろうというその点はわかりますが、彼女自身には共感しづらいものがありました。

 ウェンディが大人の階段を登っていくにつれ、男女の力関係が次第に変わっていくあたりは興味深かったです。男が哀れでした。うんざりして読んでいたのに、ジェフとウェンディが最後に会話する場面は忘れられない悲しい余韻が残りました。
 
 この小説で一番残念なのは、その痛ましい別れから後、いきなり時間が飛んでその間のことがほとんど書かれていないことです。ウェンディは大人になってから、なんと中学生に作文を教えるというジェフと同じような仕事をし、しかも女の子を授かって娘の親になるのですが、こんな彼女が自分の過去を振り返ってジェフとの関係をどう受け止めているのか、ジェフはどのように裁かれたのか、そのことがほとんどわからない。中学生と教師の刺激的な関係と同じくらい、「後でそれが人生にどう影響したか」が読者が読みたい部分だと思うのですが・・・。

I learned later—years after I had turned eighteen—that my former teacher had misdeeds with other underage girls.
18歳になった何年も後、私は以前の教師がほかの未成年の女子と不祥事を起こしたことを知った。

 でも、それをどう思ったかは読者のご想像・解釈にお任せします的な書き方に終始しているのです。
 大人の男性と未成年女子の関係、未成年喫煙やドラッグ乱用が刺激的なファンタジーとして書かれるにとどまっているような印象も受けます。

 性的に虐待された、利用されたと思っているのか?
 世間ではそういう扱いでも、心から愛し合った大切な関係だったと思っているのか? 
 それとも、ジェフとの関係が何だったのか今もわからないということなのか?
 今も苦しんでいるのか? それとも信頼できるパートナーや娘さんと幸せに暮らしているのか?

 もし優れた書き手がこの回顧録を読んだら、上記のような疑問をすくい上げて「私ならもっとおもしろくできる」と考えても不思議なありません。実際、後発の『My Dark Vanessa』のほうは、プロットを読む限り「その後」がもっと書かれている小説のようです。買っただけでまだ読んでないのですが、読むのが楽しみです。

 なんにしろ、これだけ長い感想を書きたくなるのですから、もやもやとしながらも「何か」を持った力強い作品であることは確かです。ジェフとウェンディの関係に少しも良いと思えるところも無く、好きにもなれませんが、何かわからないものが読後に残るという不思議な読後感でした。もしかして、それこそがジェフとの関係が著者の心に残した感覚なのかもしれません。「振り返ってまったく好意的に感じる思い出ではないが、解釈しがたい痕が自分の中に残ってしまった・・・」、もしそれが表現したい感覚だったのであれば、優れた回顧録だと思います。
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英語メモ

Litany うんざりするような繰り返し、好ましくない多くの事例、またはその連続 The headline will vary depending on the day, but they continue, an ongoing litany.(見出しは日によって違えど、進行中の良からぬ事件を繰り返し続けている。)

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lust 強い欲望、性欲、欲望 "Lust isn’t what makes me want to call you as soon as I get home every day."(毎日家に帰ってすぐ君に電話したくなるのは、性欲のせいじゃないだ)

quickie 短時間のセックス、素早く簡単にできること、急ごしらえのもの、やっつけ仕事、急いでする行為 “No more quickies in my bathroom, up against the sink, so I can see your face in the mirror”(バスルームでシンクに向かって君の顔を鏡で見ながら急いでやるのはもう無しなんだな)