THE X-CHAPTERS / Xチャプター

米国から本の話題をお届け

不法移民たちの命がけの逃亡劇と国境越え! 出版後の批判騒動のほうが興味深い『American Dirt(邦題:夕陽の道を北へゆけ)』(by Jeanine Cummins)

 列車から落ちる者もいるだろう。多くが不具の身となるか負傷するだろう。多くが、死ぬ。あなたたちのうち実に多くが誘拐され、拷問され、人身売買に使われ、人質にされるだろう。それらを生き延び、アメリカまでたどり着ける幸運な者もいるかもしれない。そういう者はこんな恩恵を被るだけだ。太陽の下、砂漠でひとりぼっちで死ぬ。悪徳密入国あっせん業者に見捨てられる。あるいはあなたの目つきが気に入られないというだけで麻薬密輸のギャングに撃ち殺される。あなたたちはひとり残らず持ち物をすべて奪われる。一人残らずだ。アメリカまでなんとか生き延びても、一文無しになってたどり着く。必ずだ。

 Some of you will fall from the trains. Many will be maimed or injured. Many will die. Many, Many of you will kidnapped, tortured, trafficked, or ransomed. Some will be lucky enough to survive all of that and make it as far as Estados Unidos only to experience the privilege of dying alone in the desert beneath the sun, abandoned by a corrupt coyote, or shot by a narco who doesn't like the look of you. Every single one of you will be robbed. Every one. If you make it to el norte, you will arrive peniless, that's a guarantee.
(from American Dirt by Jeanine Cummins)

 
 昨年2019年から「2020年に待ち望まれている本(Most anticipated books in 2020)」にいろんなメディアでよく名前が挙がっていた一冊。発売前からスティーブン・キングやらジョン・グリシャムやらドン・ウィンズロウやら著名人の絶賛コメントが次々と出され、読者の期待の煽り方がすごかったです。選ばれればベストセラー確実のオプラ・ウィンフリーのブッククラブの課題図書にも選出され、本記事作成時点(2020年3月22日)で、ニューヨークタイムス誌ベストセラー第4位。

 日本語版も本国の発売日(2020年1月20日)のたった一か月後に出ていてびっくりしました。
夕陽の道を北へゆけ

夕陽の道を北へゆけ

 しかも『夕陽の道を北へゆけ』って・・・また演歌でポエムなタイトル・・・・・・。そんな美しい道程じゃないのでは。『死の道を北へ行け』のほうがしっくりきます。原題である『American Dirt(=アメリカの土)』は、その言葉がそのままが出てくるシーンがあり、登場人物たちの想いがよく出た結構意味のある良いシーンだっただけに、まったく別の日本語タイトルになってしまって残念。

 著者のジャニーン・カミンズは、他に二冊の本の出版経験はあるもの、本書で初の大ブレイクをした作家です。出版社との契約はウン億円、まだ一冊も本が売れる前から映画化権も『ブラックダイアモンド』の監督だかプロデューサーに売れたそうで・・・。

 この作品の出来がこのHype(=過剰な前宣伝)にふさわしかったか?
その点は読む人によるとは思いますが、私は「タイミングの勝利」ととらえました。つまり、この本は2019年、トランプ大統領の「壁を作れ(Build the wall)」キャンペーンや移民キャラバンの問題でアメリカ国内が国境問題に大きな注目が集まっている年に、タイミングよく完成していて目をつけられた作品だったというのが、出版社が売り出した要因だろうと思うのです。これが一年前でも一年後でもこのHypeは無かったでしょう。
 読みやすくエンターテイメント性もあり、私も確かに後半は手に汗握った場面もあったので、もちろんベストセラーの水準は満たしているのでしょうが、どう考えても売れたのはタイミングがよかったことが大きいと感じます。何年も経って「国境における不法移民のドラマを描いた傑作フィクション」として読み継がれるかどうか、時の試練に耐えられるかというと、私は正直首をかしげてしまいます。うまく言えませんが、どこか薄っぺらな感じがしました。

 それにしても、この本と作者・・・かわいそうなくらい叩かれました。

 作品の中身より、出版後の批判のほうに、私は「アメリカ」を感じてしまいます。
 作者が登場する予定だった販促のイベントも、安全上の理由ですべてキャンセルになってしまいました。アメリカでコロナウィルスの感染者が出る以前のことで、ウィルス感染防止のためではありません。
 作品は不法入国する移民に寄り添っている内容なので、「壁を作れ」派を怒らせたのかと即座に思ったのですが、なんとそうではなくまさにその移民当事者たち側から怒りを買いまくっているという驚きの展開でした。彼らの痛み、苦しみを書いた小説のはずなのに。

 何がいけなかったのか。
 要するに、作者が国境問題の当事者ではない白人であることが問題のようです。白人がラテンアメリカ系移民の苦しみを利用して金儲けした、トラウマ・ポルノじゃないか、国境とか移民の本ならもっといいのがほかにあるだろう、そういう怒りを呼んでしまったわけです。特にラテン系の作家たちの抗議、批判が大きかったです。国境問題ではなく人種問題でもめているという様相で意外でした。

 上記のように書くとラテン系の人たちのことを狭量に思われるかもしれません。しかし、例えば以下のような例を想像してみるとどうでしょうか。

「アメリカ人作家が原爆投下で犠牲になった日本人たちの小説を書いて大儲け」
「白人が差別で苦しむ黒人の小説を書いて、白人ばかりの出版社が大儲け」
「迫害され文化を消されたネイティブアメリカンの悲劇を白人が小説にして大ヒット」

 どれも、作者や出版する側が非常に微妙な立場で、作品が厳しく読まれることは間違いないですよね。当事者にとって、軽々しく扱えない問題を、どちらかといえば当事者の反対側にいる人が語るのですから。

 でも、この本をブッククラブの課題図書に選んだオプラ・ウィンフリーの言う通り、どの人にもその人が語りたい物語を語る権利はあるというのも真実です。この作者も、不法入国する移民たちの一人一人にどうにもできない事情がある、同じ人間として彼らの傷みを皆にもわかってほしい、と願って国境問題が注目される5年前から独自に調査を続けて小説を書いたと後書きで切々と語っています。それはきっと本当の気持ちなのでしょう。そんな作者に罪は無い・・・と言いたいところですが、そうとも言えない無神経さがこの作者と出版社にもあると思います。

 作者も、自分がこういう作品を発表することで「あんたが語るなよ」という批判が来ることは想定していたようで、本の後書きでくどくどくどくどと「私はこの本を書く資格はなかったかもしれない、しかしこれこれこういう理由で書いた」と、本を書くに至った素晴らしい志や自分の家庭環境を説明しているのですが、まずはその文章がいろいろとまずかった。完全に裏目に出ています。

 アメリカでは完全にお客様で人種問題にも疎い私ですら、これ大丈夫なのかなと思った一文が・・・。

I wished someone slightly browner than me would write it.
(from American Dirt, page 652)
私よりもうちょっと茶色い誰かが書いてくれたらと思いました。

 これでまずひんしゅくを買ってしまいました。
 現代のアメリカにおける「肌の色」の扱いの微妙さは、日本人の皆さんでもご存知のことと思います。ハロウィンの仮装のために顔に色を塗った昔の写真が出回っただけで有名人が叩かれる時代ですから。そういう「ポリティカル・コレクトネス」に人々がうんざりしていることも確かですが、でも上記のような表現はどうなのよ、と私でも思います。

「原爆の問題はもうちょっと黄色い人に書いてほしいですよね!」
「黒人差別の問題はもうちょっと黒い人が書くべきですよね!」
「ネイティブアメリカンの問題は、私よりもうちょっと赤い肌の人が語るにふさわしい」

 ・・・無神経に聞こえませんか。その前後でいくら立派なこと書いていても、この一文で台無しというか、なんか無邪気な人だなあと冷めてしまいます。この作者はオプラの番組に出演した際、ひどい表現だったと謝罪していますが、こんな本を出すならこういった表現に細心の注意を払うべきでした。こんなのが編集のチェックを通ってしまう、誰も止める人がいなかった出版社も問題です。ラテンアメリカ系の編集者がこの本の出版に全く携わっていないのではないかということを感じさせます。
 他にも、「私の夫も不法移民の一人でした」と後書きで切々と告白して共感を呼んでおきながら、実は夫はアイルランド人(白人ということ)だったことが暴露されたとか、出版パーティーで鉄条網模様のネイルやらパーティーデコレーションをして喜んでいたりとか、まあ本の表紙を模しただけなんでしょうけど・・・。なんというか、センシティブな題材を扱う側として本当に無邪気過ぎます。

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鉄条網(Verbed Wire)はトラウマの象徴 ファッションにするのは不謹慎・・・?

 私は、人種も異なりメキシコをはじめとする南米の地には足を踏み入れたこともないので、この小説のどこがどう文化盗用でズレてるのかは説明できませんが、とにかく当事者たちが読むと「ステレオタイプ」な登場人物たちばかりで「コレジャナイ」感がすごいようです。

 一生懸命生み出した創作を批判された作者も気の毒ですが、「あんたみたいなやつに何がわかる!」と頭に来るラテン系の作家の方々の怒りもわかる気がします。 自分たちの人種の持つ苦しみが、白人の白人による白人のための金儲けになってしまった、それは悔しいでしょう。
 ラテン系の作家による国境を舞台にした作品がいくつもあるのに、そちらはあまり売ってもらえず、部外者が書いた本が売れるんですから、何かがおかしいことは確かです。白人主体の出版業界に対して溜まったうっぷんがこの作品で爆発した感じですね。
 以前、当ブログ内で記事にした『Excavation』の作者オーティズさんも、盗作されたことを怒っていたというより「似たような話を書いても白人の作家だけひいきされる」ことに怒っていたのかもしれません。

 人種問題は本当に難しいです。

 でもまあ、今回の騒動は、かなり厳しい言い方ですが、作品自体が「中途半端な出来だった」これに尽きる気もします。フィクションなんだから、多人種の世界を完全に作品内で再現できなかった、それはある程度仕方がないとして、当事者たちが内容に対して「悔しいが文学作品としてこれはすごい」と思える何かが欠けていたということかなと。
 例えば、「麻薬カルテルの有力者と、彼を告発する記事を書いているジャーナリストの夫。その間で揺れる女心・・・両方からもてて困っちゃうわ」的な主人公女性の設定とかチープなメロドラマみたいで、私が本当に命からがらメキシコから逃げて来た移民だったら、バカバカしくて読んでいられないかもしれません。
 この本は移民のために書かれたというより、オプラの番組のターゲット層つまり南米からの移民じゃないアメリカ人女性に向けて書かれているんでしょうね。それはそれで意義ある本なのかも。彼らが国境から不法入国してくる人たちのことを考えるきっかけにはなるかもしれません。

 多人種や自分が属したことがない文化のことを小説にするのも、どんどん行われていいと思います。でも、出版業界を人種的に多様化する、つまり編集者やエージェントの人種を多様化したほうがいい。それで今回みたいなもめごとは激減するでしょう。小説に日本人が出てくると、おいおい日本人にチェックしてもらわなかったのかい、とツッコミを入れたくなることがあります。ちゃんとそこをやっている作品と、そこをおろそかにしている作品と、やっぱり差があるんですよね。
 この間読んだジョン・グリーンの作品に出てきた日本人高校生も、名前が「タクミ・ヒコヒト」って・・・。どっちがファーストネームよ?って思いました。私に一言聞いてくれれば! 「ヒコヒト」っていう名字はめったに聞かないので、得にこだわりが無いのなら「サトウ」とか「スズキ」にしたらと言ってあげたのに! まあ、ターゲット読者は日本人じゃないんでしょうけど、そういうところにいい加減な姿勢が、「文化盗用」と騒がれる一因かと思います。

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