THE X-CHAPTERS / Xチャプター

米国から本の話題をお届け

致死率99%の伝染病で文明が崩壊・・・それでもこの世界は愛おしく美しい『Station Eleven(邦題:ステーション・イレブン)』(by Emily St. John Mandel)

Hell is the absence of the people you long for.
(From Station Eleven by Emily St. John Mandel)

地獄とは、会いたくてたまらない人々がそこにいないことだ。
(エミリー・セントジョン・マンデル著『ステーション・イレブン』より)

 カナダ人作家エミリー・セントジョン・マンデルによる2014年刊行の小説。2014年の全米図書賞最終候補、2015年アーサー・C・クラーク賞を受賞。感染力・致死率の高い病気で壊滅状態となった世界の人間模様を描いた作品ということで、コロナウィルスの世界的な大流行により数年前の作品ながら再評価されています。

Station Eleven: A novel (English Edition)

Station Eleven: A novel (English Edition)

 

 作者のエミリー・セントジョン・マンデルは、3月24日に新作『The Glass Hotel』を上梓したばかりですが、その新作そっちのけで『Station Eleven』のほうが話題になってしまっていますね。
 HBOでテレビドラマのミニ・シリーズになることも決定、現在撮影中のようですが、そういうプロダクションも感染防止のために中止になるのでしょうか。ガエル・ガルシア・ベルナルがアーサー・リアンダー役。少し若過ぎる気がしますが楽しみです。

 Redditで、パンデミック物の小説として複数の本好きが「美しい」「パンデミック物であってパンデミック物ではないのがいい」「長く心に残る」などと謎のおすすめをしていた不思議な小説。読後、非常に納得しました。「こういう小説です」というのが説明しづらいクロス・ジャンル小説なのです。
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 SFとして読むとちょっとつっこみどころ満載とも言えるし、多くの謎がちりばめられているのでミステリ要素もあるし、サスペンスの趣もあるし、全体的にシリアスで文芸小説のような感じも・・・とにかく、終末世界モノ、パンデミック系小説、ディストピア小説が山ほど出ている中、オリジナルなムードや読後感、世界観のある小説であることは確かです。
 
 読書SNSのGoodreadsにあったこの小説のトップレビューに書かれていた言葉をここで借りたいと思います。

I didn't want to tell anyone about it because I felt as if it had been written for me.
この本のことを誰にも話したくなかった。まるで私のために書かれた本のように感じたから。

 私もまさに同じように感じました。多くを語りたくない小説です。

 印象としては、異なる時間や空間で繰り広げられるいくつもの物語が丁寧に紡がれて一枚の美しい織物になっている感じ。疫病で人口が激減し文明が崩壊した世界が出てくることは出てきますが、それは織物の背景色に過ぎず、描きたい模様を美しく際立たせるための設定に使われているだけ。実際、文明崩壊に至るまでのパニック描写や崩壊後の世界の荒廃が書かれた部分は、全体の半分くらいじゃないでしょうか。プロットで読ませて最後に大きなカタルシスがある、そういう小説ではなく、大きな美しい絵を見ているような読後感が残りました。

 作品の主題がはっきりとわからなかった、つまり「何が言いたいのかよくわからない小説だった」、という感想を持たれた方もいるようですが、何かを言いたい小説ではなく、ずばり作者のやりたかったことは、作中に出てくる「旧世界の博物館」のようなことだったのではないかと思います。
 その博物館では、携帯電話や運転免許証、車のエンジンからスノードームといった文明崩壊後の世界では全く役に立たなくなってしまったものたちを大切に保存・展示し、それらが当たり前のように使用されていた20年前の時代を知らないあるいは覚えていない世代に、その時代をよく知っている者たちが思い出を引き継ごうとしています。作者は、その展示に加えることのできない形の無いものをこの小説に閉じ込めておきたかったのかなと思いました。

 舞台で倒れたアーサーに降り続ける雪、荒廃した世界を旅する楽団、アーサーの故郷の小さなカナダの島、彗星、車椅子の弟と高層住宅で世界の終わりを見る男性、オレンジ、カーゴ船が並ぶ海、乗客を閉じ込めたまま滑走路に残された霊廟のような飛行機、終わりを決断した少年・・・とにかくいろんなイメージが心にかきたてられ、読み終わって数日経っても心に小説の世界が消えません。儚い人間の生、芸術、地球への作者の讃歌が静かに流れているような作品でした。

“I wanted to write a love letter to the modern world,”
「現代の世界に対するラブレターを書きたかった」

 ニューヨーク・タイムズ誌に掲載されていた作者のこの作品に関する言葉です。とても切なく美しいラブレターになったと思います。
  
 作者のエミリー・セントジョン・マンデルさん、すごくきれいな方ですよね。元ダンサーで、作家に転身、最初の3作は犯罪小説で、何かまったく違うものを書きたくてこの小説を書いたそうです。パートで事務の仕事をしながら二年半かけて書き上げたとのこと。他の作品も是非読んでみたいと思います。

www.youtube.com

参考記事:
www.nytimes.com

英語メモ=============

pull one's weight 自分の役割を十分果たす “Are you saying I’m not pulling my weight?”(俺がちゃんと働いてないって言いたいのか?)

minder 世話をする人、番人、用心棒

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