THE X-CHAPTERS / Xチャプター

米国から本の話題をお届け

人体発火現象を起こす双子との出会いで主人公が見つけた新しい人生とは?『Nothing to See Here』(by Kevin Wilson)

 日本でも、『地球の中心までトンネルを掘る(原題:Tunneling to the Center of the Earth: Stories)』『ファング一家の奇想天外な謎めいた生活(原題:The Family Fang)』などの翻訳小説があるベストセラー作家ケヴィン・ウィルソン。『ファング~』は、2015年にジェイソン・ベイトマンとニコール・キッドマン主演で映画にもなりましたね。
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 今回読んだのは、そのケヴィン・ウィルソンが昨年2019年10月末に刊行した新作『Nothing to See Here』。年をまたいで2020年になってもあちこちの読書会(コロナ禍なのでヴァーチャル読書会ですが)で課題図書になったり、話題になっています。

Nothing to See Here (English Edition)

Nothing to See Here (English Edition)

 前述の『The Family Fang』の予告編にもにじみ出ていますが、真剣なんだけど何かがおかしい独特の雰囲気に溢れた小説。最近、著者のロックダウン中の生活を日記形式で綴った記事がロサンジェルスタイムスに載ったのですが、そこにこの小説にも流れているなんとも奇妙な「何か」が出ていたように思います。

On Friday, my wife went into our mudroom and found the box of our wedding china, which we have never opened.
She unwrapped each plate, a design we chose almost 15 years ago, and the boys set the table.
金曜に妻が玄関収納で私たちの結婚の時の引き出物の食器の箱を見つけた。開けたことも無かった。ほぼ15年前に選んだデザインの皿をすべて妻が取り出し、息子たちはテーブルをセットした。
We put on suits and dresses. My younger son, Patch, is obsessed with the masked rapper BennY RevivaL, and so we have 30 or 40 masks in the house, and we each put on a luchador mask for dinner.
私たちはスーツとドレスを身につけた。末の息子のパッチがマスクのラッパー、ベニー・リバイバルにはまっていてうちには30~40のマスクがあるので、全員で夕食の時ルチャドール(メキシカンプロレスの男性レスラーのこと)のマスクをした。

 
 夕食時にドレスアップしてレスラーのマスクをする一家・・・・・・小説もなんかそんな奇妙さでした。

 この本は、「精神的に高揚したり動揺すると発火現象を起こす10歳の男女の双子の面倒を主人公がみる」というのが必ずあらすじや書籍紹介には入っていますが、実はその部分はそれほど多くのページが割かれてはいません。双子との関係は、ちょっとスムーズに行きすぎな感じであっさりうまく行ってしまう。あくまで、28歳で人生に行き詰まっている主人公の女性リリアンと、彼女に燃える双子の世話を依頼してきた親友との関係、リリアンと母親との関係がメインで、双子たちはリリアンにとってほとんど放棄している未来と向き合うきっかけに過ぎない感じ。

 この小説は、自分の惨めな子供時代にどう落とし前をつけるかという物語かなと思いました。現実の世界でも、生まれた時から光が当たっているような人と、その影で生きるしかないような人というのはいるわけです。生まれや育ちが恵まれていない人、脇役人生を送っている人への著書の暖かい共感と応援を読後に感じました。あと、ところどころではっとするような魅力的な文章表現があるのも魅力でした。

 「燃える双子」は、主人公のふつふつとした内面の暗い怒りがついに外に出たメタファーなのかなとも思いましたが、子育ての経験があったり子供というものをよく知っている人なら、この発火現象を「ひどいかんしゃく」に置き換えると、すんなり来るんじゃないでしょうか。子供、特に幼児って怒ると本当に火でも出るんじゃないかって言うくらい真っ赤になってブルブル震えたりしますよね。
 私は身内に重度の発達障碍者がいる都合上、特殊学級や療育施設で発達障害の子供たちをよく見るのですが、発火まではさすがにしないまでも、怒ったり思うようにいかなくてストレスがたまった時に、周囲には理解しがたいびっくりな行動をする子が実際いっぱいいます。突如、服を脱ぎ始めたり、歌い始めたり、ぐにゃっと地面に倒れて起きられなくなっちゃったり、ジャーっとおしっこし始めたり・・・まあ、いろいろです。
 そして、それぞれの子に対策チームがいて、そういった行動がその子供が社会でちゃんと機能して生きていく際に受け入れられないだろうとなった場合、「その行動のきっかけとなった物事は何か」「頻度はどれくらいか」「それに替わる問題の少ない行動に置き換えることはできるか」などなどを超真剣に話し合い、役立ちそうな便利グッズを提案しあい、学校や家庭、療育のクリニックなどその子供が行くすべての場所で統一した対策を実行して、その後の経過をデータにとってまた話し合いの場を持つ、というようなことをやるわけです。
 例えば、ストレスが溜まった時、突然パンツを降ろして下着のパンツ一丁で立ち尽くしてしまう少年とか、小学生の彼に赤ん坊が着るような上下が繋がっていて全身がすっぽり入るような服をチームで苦労して探して、「2週間そういう服を着せて、別の行動でストレスに対処させることを学べたら、一週間に一回普通のパンツをはかせてその回数を増やしてみるか」とか、ベストな対策をあれこれ考えたりしていましたね。
 なので、小説内で主人公とカール(名脇役です)が燃える双子にスタントマンの使う引火防止ジェルを使おうとしたり、あれやこれや試行錯誤をするところは、多分ユーモラスに書かれていてクスっと笑うところなのでしょうが、不思議な既視感というか「ああ、あるある」という感じで、妙にシリアスに読んでしまいました。
 
 「人体から火は出る、しかし出火させた当人たちが焦げたりやけどしたりということは無く周囲の物や人に引火する危険があるだけ」という、よくこんな奇怪な設定を小説に入れたなあと半ばあきれましたが、これは著者本人のトゥレット症候群の症状の一つから来ているとのこと。脳内に非常に自己破壊的なイメージが突然それこそチックのように制御不可能な感じでフラッシュすることに長年悩まされてきて、人体発火のイメージはそのひとつだそう。大人になってそれがやや変わった形のトゥレット症候群の症状だと診断されたそうですが、この方もまた生きづらそうな・・・。小説を書くことがその生きづらさに対処する大きな助けになっているとのことです。

 何はともあれ、3月半ばにロックダウンに入ってからすっかりリーディング・スランプというやつに陥ってしまい、何を読んでも頭に入らず何を読んでも興味を感じられないという状態にあった私が、4月中になんとか読み通せた唯一の一冊になってしまいました。
 短いんですよね。
 Novellaで出してもいいんじゃないの、という短さ。長期休館に入る直前、最後に図書館に行った時に新刊書コーナーから借りた一冊ですが、見て下さい、これを。ジョー・ヒルの短編集や『American Dirt』と比べてもダントツの薄さ。

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ジョー・ヒルがぶ厚過ぎるのか
 ちなみに、これらの本は、文字が小学生の教科書並みにでかい「Large Print」というペーパーバックなのですが、図書館でこのLarge Printの入荷が増えているように感じました。お年寄り用?? 確かにすごく目に良さそうです。ただし本が大きくぶ厚く重くなるので、寝ながら読んでいる時に顔に落下した時のショックはすごいですが・・・。
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左がLarge Print、右が通常のペーパーバック

 短く、文字も大きく、しかも英語も比較的平易で、この小説は英語学習者にも向いていると感じました。主人公の女性は、多少口が悪いので〇uckの活用も多く勉強になりました。(しかし他の方がF〇ck活用をした時の理解の助けにするだけで自分が使うのは控えましょう) 内容もごく普通の日常生活が書かれているのでわかりやすいんですよね。思えば、4月に挫折した二冊は異世界を描いたダーク・ファンタジーとSFでした。スランプの時はそのジャンルは避けたほうが良さそう。理解力と想像力がまったく働きませんでした。
 
 まだまだ「本を読みたい」という意欲すら戻らないのですが、元の日常に戻るまではまだしばらくの時間がかかりそうなので、あせらずやっていこうと思っています。

英語メモ=============
key up ~の調子を上げる、~で緊張する、興奮させる、緊張させる
After the kids fell asleep, I was still too keyed up to do anything.

参考記事=============
Author Kevin Wilson shares coronavirus quarantine routine - Los Angeles Times
Kevin Wilson's Novel 'Nothing To See Here' Offers Insight Into Tourette's : Shots - Health News : NPR