「俺の父さんは、死んでるのか生きてるのか?どっちなんだよ?」
「生きていますよ」正気なのかよくわからない笑みで彼女は言った。「あなたの中でね。」
老いた女性をひっぱたきたいと思ったことは今まで一度も無かったが、そうしてやろうかと思った。
「俺の中で、だって?」
「そうですよ。」
「おい、なんなんだよ、ライオン・キングかよ。父さんが生きてるって言ったのはそういうことだったのか?」
(ハーラン・コーベン『Shelter』より)
“He’s either dead or he’s alive. Which is it?”
“He is alive,” she said, with a smile that seemed somewhere south of sane, “in you.” I never wanted to smack an old woman before, but boy, I did now. “In me?”
“Yes.”
“Oh, please. What is this, The Lion King? That’s what you meant when you said he was alive?”
(From Shelter by Harlan Coben)
日本は緊急事態宣言も順調に解除へと進み、学校も再開に向かっている頃でしょうか。経済活動は徐々に再開に向かっているものの、学校開始は後回しにされそうな感じのアメリカ某地域からこれを書いています。モンタナ*1のどこかの学区が全米初の公立校再開に踏み切ったことがニュースになっていたくらいですから、まあ国土のほとんどで(過疎地域以外は)学校はこのまま3か月の長い夏休みに入り秋からも「どうしようかねえ?」という状況。
ということは・・・やつらがずっと家にいる!!ということになります。奴らが!ずっと!家に!!! 震えあがっている親御さんの姿が見えます・・・。泣いている親御さんの姿が見えます・・・。デジタル機器を与える以外にやつらをなんとかする方法は無いのか、親としてこれでいいのか、と苦悶する親御さんの姿が見えます・・・。
本好きな親御さんは、ゲームやSNSでだらだら遊んでないで本くらい読んでくれとため息をついているんじゃないでしょうか。そんな皆さんにハーラン・コーベンさんから先日こんなツイートがありましたよ。
ハーラン・コーベン(Harlan Coben)って一体誰なのよ?という方のために簡単にご紹介。
日本では知名度はいま一つかもしれませんが、アメリカでは新作が出ると本屋やコストコの目立つところにずらーっと平積みされる人気作家です。
当ブログでは、メアリー・ヒギンズ・クラークさんが亡くなられた記事でたくさん登場しましたが作品自体を紹介したことはありませんでしたね。
blog.the-x-chapters.info
犯罪小説、推理小説、サスペンス小説を足して3で割ったような作風で、とにかく先を読ませるエンターテイメント色の強い内容が特色でしょうか。日本で言うと・・・うーん、誰だろう? 「プロットで読ませる系の作家なので一度読んだらその本は何度も読もうとは思わないけれど、新しい本が出ると買ってしまう・・・」というような作家さんです。読んでいる間の一定水準の楽しさが保証されているわけですから。そして私は、そういう対して何も残らないけど時を忘れさせてくれるような本を量産してくれる作家をすごく尊敬しています。
こういう作家さんは、「新幹線本作家」の枠に入れられて飽きられてしまうという弱点もあるのですが、ハーラン・コーベンはライフワークのように長いシリーズがあるのが強味のひとつでしょうか。
その代表が、スポーツエージェントが様々な事件を解決するMyron Bolitarシリーズで日本語翻訳版もいくつか出ています。すごい邦題がつけられていて紹介するのもいやなのですが。
『One False Move』→『スーパー・エージェント』!!
『Darkest Fear』→『ウイニング・ラン』!!
『The Final Detail』→『パーフェクト・ゲーム』!!
『Backspin』→『ロンリー・ファイター』!!
『Fade Away』→ 『カムバック・ヒーロー』!!!
なぜどうしてこうなった!!
コーベン氏への嫌がらせか? ハーラン・コーベンに告げ口しちゃうぞ! それともコーベンさんはこんな極東の国で自作にセンス無いタイトルがつけられようとも屁とも思わないのか。売れっ子だし。なんかいい人そうだし。
しかも、日本語版では主人公Myron Bolitarが「マイロン・ボライタ―」となっているようですが、私が聞いたナレーションでははっきりと「マイロン・ボリター」でした。主人公の名前からして違うって・・・いいんでしょうか。
おっと、ハーラン・コーベンの紹介と、彼の日本でのかわいそうな扱いに記事の大半を費やしてしまった。
今日書きたかったのは、そんなコーベンの初のそして唯一のYAシリーズであるミッキー・ボリター三部作についてです。
こちらは出版社が作った三部作の第一弾『Shelter』の宣伝予告編。
www.youtube.com
大層シリアスなムードですが、脇役に明るい子を入れたり、サスペンスシーンの連続で読者が「緊張しっぱなし」にならないようにかなり工夫されているので大丈夫です・・・第一弾までは。
三部作はたいていそうですが、一番最初が一番いいですね。親の都合で引っ越しばかりの人生を送ってきた主人公に初めて友達ができたり、クライマックス付近の友達との共闘作戦もすごいサスペンスなのですがどこか間抜けというか脱力してしまう作りになっていたり・・・。ハーラン・コーベンの名人芸が炸裂していると感じました。
三部作の三番目『Found』も、スポーツの素晴らしさを強調しつつアメリカの行き過ぎたスポーツ至上主義の醜い部分が書かれていて興味深い。第二作の『Second Away』はちょっとつなぎっぽくて私は印象薄いなあ・・・。
主人公のミッキー君は、高校生なのに既に190㎝近く身長があり、バリバリのアスリート家系に生まれるという遺伝子的なアドバンテージも手伝い、バスケットボールのプロ選手を目指せるレベルの男の子という設定です。私には1mmも1gも共感できない「フン」と言いたくなるキャラなのですが、そういった印象も冒頭の「転校生・新入生向けのオリエンテーション行事」の場面で一気に消えるようになっていてうまいなと思いました。 アメリカの企業とか学校って、あの手の「チームビルディングのためのゲーム」とか好きですよね 。これから仲良くやっていこうじゃないかという趣旨で変なゲームやらせるんですよ。私の配偶者も、知らん人たちとチーム組まされて「限られた数のマシュマロとパスタの乾麺で一番高いタワーを作ったチームが勝ち」というようなことをやらされたと言ってました。結構楽しかったようですが。
小説中の学校オリエンテーション行事で高校新入学生や転校生たちが体育教師にやらされるゲームが以下のようなヤツで・・・
・ほかのチームメンバーに背を向けて踏み台の上に立ち、目隠しして両手を胸のところで組んだまま後ろに倒れて受け止めてもらう → チームメンバーを信じる心を養う!
・チームメンバーでかわるがわるそれぞれをおんぶしてリレー → チームメンバーと力を合わせることを学ぶ!
アメリカの学校あるあるなのかもしれませんが、ここでミッキー君は、こういうゲームが体の大きい女の子(体重が重い子、ということです・・・)にいかに残酷かにすぐ気づいて心を傷め行動をとるわけです。フィジカルが恵まれているだけではなく、心がやさしく周りに流されない勇気がある主人公を読者が好きになれるようになっていて、一気に「ミッキー君頑張れよ」モードになり物語に入り込めました。警察も、保護者であるマイロンおじさんも信用できないし頼れないという状況もわかりやすくうまく設定されています。
汚れ切った大人の私が読むと、「今どきこんなピュアでまっすぐな男子高校生がいるんかいな」と多少白けた気持ちにもなるのですが、ネット上の読者レビューをチェックすると大人でも夢中で読んでいる人が多いことに驚きました。かくいう私もそうでしたが。どちらかというと、リーディング・スランプからのリハビリ目的で読んでいてしんどくないものを求めて手にとったという感じなのですが、他の方は「マイロンのシリーズが大好きだから」「コーベン氏の書くものは全部読みたいから」みたいな感じです。熱心なファンが多いようです。
英語は平易で、理解や想像が難しい特殊な世界が描かれているわけでもないので、英語のペーパーバックは読めるようになってきたけど大人向けの長編はちょっと・・・という方におすすめ。
YAとして子供に何歳くらいから読ませられるか、ということに関しては以下がオッケーなら何歳からでも。
・結婚していなくても子供ができるということを理解している。ミッキー君は、「お母さんがティーンで出来ちゃった結婚しちゃった時の子」という設定
・ミッキー君は彼女とキッスはする。(でも、それ以上深入りしない。こういうところは女の子向けのYAの方がまるでソフトポルノのようにずっとずっとすごい。男の子向けのYAの方がピュアです)
・世の中には絶対に消せない悪がある。「みんな本当はいい人なんだよ」という幼稚園児向けの絵本に出てきたような世界は無い。
・女の子たちにいかがわしい恰好をして踊らせて搾取するストリップ・バーみたいなのが出てくる。
・第一巻の暴力描写が結構タフ。ミッキー君は大人の悪い男に思いっきり暴力振るわれます。「ナックルはめた拳で殴られる」「工具箱に入った”何か”でいたいけな女の子が拷問される」とかを読者に想像させる場面がある。繊細な小学生とかなら親のベッドにもぐりこんでくるかも。
ここ以外は、そんなに子供に影響ありそうなところはなかったような・・・。アメリカの小説なんで、もちろんドラッグや銃も出てきますよ。でも、どちらもそこを読むことで「わあ使ってみたいなあ」とはとても思えない内容になっているので大丈夫でしょう。
やっぱり小6~高校生くらいまでがターゲット・リーダーでしょうか。成熟している高校生なら、主人公の清廉潔白な感じが鼻についてしまうかもしれないので、中学校くらいがちょうどいいかも。プリティーン~ローティーンかな。
日本語翻訳されていないのが残念ですが、もし平易な英語を夢中で一気読みして観たい方、ナレーションで聴き倒したい方は是非。

Shelter (Book One): A Mickey Bolitar Novel (English Edition)
- 作者:Coben, Harlan
- 発売日: 2011/09/06
- メディア: Kindle版

Seconds Away (Mickey Bolitar Book 2) (English Edition)
- 作者:Coben, Harlan
- 発売日: 2012/10/11
- メディア: Kindle版

Found (Mickey Bolitar Book 3) (English Edition)
- 作者:Coben, Harlan
- 発売日: 2014/09/11
- メディア: Kindle版
ミッキー君のおじさんマイロンのシリーズの第一作↓ やっぱり邦題が・・・

- 作者:Coben, Harlan
- 発売日: 2009/06/25
- メディア: ペーパーバック

- 作者:ハーラン コーベン
- メディア: 文庫

- 作者:ハーラン・コーベン
- 発売日: 2013/09/20
- メディア: 文庫

- 作者:コーベン,ハーラン
- 発売日: 2018/05/08
- メディア: 文庫
英語メモ:=========
as rain= right as rain 完全に正しい、全く申し分ない、問題ない、絶好調
falling-out〈話〉〔仲の良かった者同士の〕仲たがい、不和、けんか
dial it back ほどほどにする、控えめにする、弱めにする、自制する 【直訳】(強度調整つまみを)後方に回す
clairvoyant 透視力のある、透視能力者、千里眼の人
wisecrack 気の利いた言葉、皮肉、嫌み、気の利いた言葉[皮肉・嫌み]を言う
*1:(普段からソーシャルディスタンシングが達成できているという評判の低人口密度州、簡単に言うとド田舎)