THE X-CHAPTERS / Xチャプター

米国から本の話題をお届け

すごい野球愛!トム・ゴードン愛!ウォークマン愛!あまり知られていないけどキングの真骨頂だと思う『The Girl Who Loved Tom Gordon(邦題:トム・ゴードンに恋した少女)』(by Stephen King)

She was lost but would be found. She was sure of it.
(私は迷子になったけど発見される。きっとそうなる。)
Tom Gordon gotten the save and so would she.
(トム・ゴードンがセーブしたんだから、私だって助かる。)

From The Girl Who Loves Tom Gordon by Stephen King

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このところ、森をさまよってばかりいます。

 3月に始まったロックダウン以来、学校にも公園にも行けなくなってしまった我が家の重度発達障碍児が散歩にはまってしまったためです。

 世の中に何が起こっているかなど全く理解できない物言わぬ我が子が、毎日ほぼ決まった時間に準備して玄関の椅子に座って、「外に連れて行ってくれるよね?」という無言のプレッシャーをかけてくるのです・・・。
 そのへんの近所を歩いてくれと思うのですが、なぜか頑として歩かない。子供なりにきれいな景色が見たい、歩きがいのあるところを歩きたいという気持ちがあるんでしょうかね。
 ロックダウンの当初は、市民の健康維持のために開放されている州立公園の散策道などに連れて行っていましたが、もう笑っちゃうくらい人がいるんですよ。皆、行くところが無いんだな、考えることは同じなんだな、と苦笑してしまいました。

 皆さん多分ストレスから解放されることを求めてそういう場所に来ていらっしゃるのだろうと思うと、奇行・奇声が多くソーシャル・ディスタンシングなどどこ吹く風の我が子が申し訳無く、日々の散歩の場はどんどん人里離れた山や森の奥へと移動する羽目に。

 森の中、日を追うごとに3月の枯れ枝ばかりの茶色い景色がみずみずしい新緑に変わっていく様に、毎日私はもううっとり・・・なわけがありません!!

 私がそこで感じるのは「恐怖」です。

 森は、怖い。
 夏に向かうにつれ、木々の緑が壁のように迫ってくる。森の奥に進むにつれ、なんだか同じ道を何度も通っているような、どこを見ても同じで、どこから来たのか、どこにいるのか、さっぱりわからなくなる。そういえばすっかり忘れてたけど、私は空間把握能力、方向感覚がぶっ壊れた人間だった・・・。

 一応、森の中に作られた散策道にいるのだから、そこから外れなければ遭難することは無いとは言え、来た道を戻ろうすると、スリルを求める連中が勝手に作った脇道みたいなやつとメインの散策道の見分けがつかない分かれ道があって、変な崖みたいなところにたどり着いてしまったり、「やったー!やっと森から出たぞ!戻れた!」と思ったら、ここはどこだ?という場所だったこと数回。そうなると、車を停めた駐車場を探して今度は森の外をさまようことになり・・・もう自分がイヤになります。
 地図とコンパスを持って行けばいいかなと思ったのですが、森の真ん中で「太陽の位置とコンパスから東西南北を完全把握したぞ!ハハハハ!」と勝ち誇っていたら、車を停めた位置が地図のどこだったか自信が無くなり、結局どこに戻ればいいのかわからず意味無かったという・・・。

 森の中に入って10分経ったら、もうそこから感じるのは「恐怖」と、必ず無事に戻らねばという「緊張」だけです・・・。

 そんな日々、森を歩きながら私が常に思っていたのは、数年前に読みかけて英語力の無さゆえ挫折してしまったスティーブン・キングの1999年刊行の小説の少女のことです。あの9歳の少女は私が読むのをやめたところからどうなったのか? そのことが頭から離れず、最近再び手にとりました。

The Girl Who Loved Tom Gordon

The Girl Who Loved Tom Gordon

  • 作者:King, Stephen
  • 発売日: 1999/04/01
  • メディア: ハードカバー

 森や山で数分前までは姿が見えていた人が神隠しのように行方不明になってしまう、そんな不思議なことがアメリカでも日本でもたまに起こりますが、もしかして大半は、この小説の少女トリシャちゃんのような状況だったんじゃないかとふと思いました。要は・・・

「おしっこしたくなっちゃった・・・」

「みんなから見えないところでしちゃお~」

 ↑↑↑これです。

 そして、大自然の中でスッキリして、ようしみんなのところに戻るぞ、と思ったら、あれ・・・?あれあれあれ・・・?行けども行けども道が無い、人の声は聞こえるのになんでなんで? そのうち人の声も聞こえなくなり・・・

 そこから待っているのは牙をむいて襲い掛かってくる自然との孤独な闘いだけ。ほとんど勝ち目はなく負ける確率のほうが高い。そう、9回裏ノーアウトで3塁にランナーを置いてしまった抑え投手のように・・・。

 キングの小説だけど、森は悪霊にとりつかれているわけでもなく、そこだけ時空がゆがんでいるわけでもなく、超常現象も、恐怖のピエロも、死体も出て来ない。森は、森というだけでじゅうぶん「ホラー」。

And of course they were, the woods were full of everything you didn’t like, everything you were afraid of and instinctively loathed, everything that tried to overwhelm you with nasty, no-brain panic.
そうもちろんだ、森というものは、あなたが嫌うもの、恐れるもの、本能的に忌み嫌うもの、ひどく馬鹿げたパニックであなたを打ちのめそうとするもの、そういうものすべてで満ちている。

 蚊や蜂の大群、蛇、飢え、渇き、転落、病気、幻覚・・・さすがホラー作家、人間の身体に起こる不快な生理現象の描写、徐々に狂喜へと追いつめられていく少女の心理の描写はさすがです。

 こんな森に一人取り残され、血と汗と泥と汚物にまみれながら生き延びようとする少女は、人間の足元を這っている一匹の蟻のよう。自然の意思でその命がもてあそばれているように残酷です。

 小説のタイトルになっている「トム・ゴードン」は、実在するボストン・レッドソックス等で活躍したクローザー。後書きでキングは「実在するけど小説内のトム・ゴードンは虚構の存在だ」と書いてはいるものの、あるシーズンのトム・ゴードンは、レッドソックスファンにとって人間離れした「何か」を感じさせる神々しい選手で、キングにこんな小説まで書かせてしまう存在だったのが小説からよく伝わってきます。

“Flash has got icewater in his veins,” Larry McFarland liked to say
「フラッシュ(※トム・ゴードンの愛称)の血管には氷水が流れてるんだ」、ラリー・マクファーランド(※主人公の父親)はそう言うのが好きだった

—and Trisha always said the same thing, sometimes adding that she liked Gordon because he had the guts to throw a curve on three-and-oh (this was something her father had read to her in a Boston Globe column).
—トリシャもいつだって同じことを言い、ゴードンがノースリーからカーブを投げるガッツがあるから好きだと付け加えることもあった(父さんがボストン・グローブ誌のコラムで読んでくれたことだったけど)。

 特定の有名人に疑似恋愛めいたときめきを感じることを英語で「Celebrity Crush」と言うけれど、主人公の9歳の少女トリシャはまさにトム・ゴードンにCelebrity Crush状態。でも、そんな少女らしいかわいい感情も、壮絶な遭難の時間が経過し、死が身近に迫っているのを感じるにつれ、どんどん特別なものへと変わっていきます。最初は、両親の離婚で別居するようになった父への思慕が形を変えたような感情へ、そして最後は神にすがるような切ない感情へ・・・。

 少女のサバイバルが野球の試合の一回表から9回裏までの流れになぞらえて描かれ、終盤は少女が自分の「試合」が終わりに近づいてきている、チャンスはもう少ないということを感じながら戦います。野球が好きな人ならその感覚がわかると思います。もう8回か、ここで点とられたら9回ではひっくり返せないだろう、とか思いながら試合を観た事、ありませんか? 信仰のある人が十字架を握りしめるように、少女は自分の心の中の「トム」に何度も何度も語りかけるのです。
 
 トム、どうやったらあなたみたいに試合を抑えられる? 
 どうやったら、この試合に勝てるの? 

 さて、少女の試合がどうなったのか、それは読んでのお楽しみ。
 
 キングは、最初に「森で迷った9歳の少女」という設定だけ決め、後はお得意の即興ライティングで、結末を決めずに書きながら考えたそうですが、物語の終盤へ向かっての盛り上がり、クライマックスからラストシーンへの流れが、本当に大一番の野球の試合の好ゲームの緊張感とそっくりでうなりました。あらためてすごい書き手だな、と。小説を通して程よい葛藤、アップダウンがちりばめられ、ほどよい省略があり、ラストもそれまでの流れを汲んでいて自然。今年の初めに読んだ小説教本で「こうしろ」と言われていることがすべて実践されているような小説です。

 サバイバルナイフでもライターでもなくソニーのウォークマンが、トム・ゴードンへの「信仰」と並んで少女のサバイバルの友になっているのも日本人としてなんだか嬉しい。ソニーがスポンサーなの?というくらい、ウォークマンがこれでもかこれでもかと出てきますよ。

 「いつものキング」を求めて読むと多少がっかりすると思いますが、かちっと短く、優れたサバイバル+心理サスペンス+少女の成長小説、そして野球小説です。

 現在映画化も進行中!
 キングのお友達、故ジョージ・A・ロメロ(ゾンビ映画の祖)が映画化するはずだったプロジェクトだそうですが、彼の元妻クリスティーン・ロメロと映画「IT」のプロデューサー、ロイ・リーがプロデューサーとなり、クリスティー・ホール(ネットフリックス『ノット・オーケー』のライター)が脚本、というところまで決まっているようですね。

 この小説のせいでますます森が怖くなってしまいました。
 
 でも、今日も私は森に行ってきます・・・・・・。

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