THE X-CHAPTERS / Xチャプター

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自閉症を美化し過ぎでは? 自閉症はどこから来てどこへ行くのかに迫った渾身のノンフィクション 『Neuro Tribes(日本語題:自閉症の世界)』(Steve Silberman)

 この本の著者スティーブ・シルヴァーマンはシリコン・バレーの科学・テクノロジー系のライター。
 2000年代に、彼はシリコン・バレーの伝説の開発者やその家族に自宅取材を申し込みますが、二回続けて同じような返答をされます。

「自宅には自閉症の子供がいるんだけど、いいだろうか」

 両家族には血縁は無いのに。これは偶然なんだろうか。

Everything I knew about autism I had learned from Rain Man, the 1988 film in which Dustin Hoffman played a savant named Raymond Babbitt who could memorize phone books and count toothpicks at a glance.
(自閉症に関しては、1988年の映画『レイン・マン』で学んだことしか私は知らなかった。電話帳を記憶したり一目で爪楊枝を数えたりするレイモンド・バビットというサヴァン症候群の人を、ダスティン・ホフマンが演じた映画である。)

 そんな矢先、著者は更に小学校の教師から「シリコン・ヴァレーの子供の間で自閉症が蔓延している、何か恐ろしいことが子供たちに起こっている」という言葉まで聞く。

 自閉症のエピデミックが起こっているのか? 

 そんな疑問を掘り下げ、2001年末にWired誌に寄稿した「Geek Syndrome」という著者の記事が大反響を呼び、著者は自閉症のアマチュア研究者のようにその世界にのめりこんでいきます。
The Geek Syndrome | WIRED 

 膨大な文献、論文、当事者や当事者家族、研究者への取材を通して自閉症の昔と今とこれからを考察した壮大な大著、それが本書『Neuro Tribes』です。

 日本語訳も出ていますが、副題の「多様性に満ちた内面の真実」は内容に対して語弊があるのはないかと。当事者の内面に迫った本みたいに聞こえてしまいますが、実際の内容は「自閉症の通史の真実」みたいな感じです。

 パンデミックが起こってから、あまりにも自閉症児との生活に行き詰まり、何か新しいことを勉強したら突破口が開けるかな、と積読本の中からこの本を読み始めたのですが・・・

 そういう目的で読むとこの本ほど役に立たない本は無いですね。

 でも、読み物としては抜群に面白いです。

 しかし、この著者は、学んだこと、知ったこと、出会った人たちすべてに価値を感じ、誠実に忠実にそれらを著書に入れようとするあまり、まとまりがなく長く、読みづらいところが多くなってしまっています。その気持ち、痛いほどよくわかるけど!! スティーブ・シルヴァーマンさん、私と一緒にコルソン・ホワイトヘッドさんに省略と効率の良い話の運び方を教えてもらいましょう!

 とは言え、本書の内容をギューッと要約した著者による以下のTEDプレゼンを観ると、これだけだと足りない気もするし、やはりあの壮大な長さも必要だったのか?
www.ted.com

 自閉症が症例報告される以前のおそらく自閉症と思われる偉人たち、キャヴェンディッシュ、ポール・ディラック、ヒューゴー・ガーンズバックなどに関しては、比較的マイナーな面白いところを選んだなあと思うものの、もうちょっと短くしてほしかった。

 映画『レイン・マン』の製作裏話に関しても、自閉症のことを知りたくて読んだのになんだか関係無いことを読まされている・・・と感じる方が多いかもしれません。
 が、私は読んでいて一番面白かった章の一つでした。知らないことがたくさん書いてあった。脚本家の『レイン・マン』執筆に至るまでの人生、ダスティン・ホフマンの深い人間愛と人間への尽きない興味に心打たれました。
 当初は、最終的にトム・クルーズが演じたちゃらちゃらした弟役のほうをオファーされていたダスティン・ホフマン。(製作陣は、サヴァンの兄レイモンド役にはビル・マーレイを予定していたとか。そっちも観てみたかった) 
 精神科病棟でバイトしていたというダスティン・ホフマンの言葉:

“All my life I had wanted to get inside a prison or a mental hospital, like most kids want to go to a zoo,” Hoffman recalled.
「人生を通して、私は刑務所や精神科病院の中に入りたいと思って来た。子供がみんな動物園に行きたがるようにね。」ホフマンは、そう振り返った。

“I wanted to get inside where behavior, human behavior, was so exposed. All the things the rest of us were feeling and stopping up were coming out of these people, as if through their pores.”
「行動、人間の行動がむき出しになるところに入りたかったんだ。外の我々皆が感じたり感じないようにしていることは、そんなところにいる人々から来ているんだ、まるで彼らの毛穴から出てきているように」

 こちらは、映画公開後の大反響の受けての同じくダスティン・ホフマンの言葉。

At a press conference in New York City, the actor broke down crying, saying that the film “touches something in us that I can’t explain. We all go through life not hugging quite as much as we’d like to. Something cuts us off . . . We’re always keeping a lid on our own autism.”
ニューヨーク市での記者会見で、俳優は泣き崩れてこう述べた。
「この映画は、説明できない我々の中の何かに触れたんだ。私たちは、望むほど多くを抱ききれずに人生を歩んでいる。何かがそうさせてくれないんだ・・・私たちはいつだって自分自身の自閉症に蓋をし続けているんだ」

 訳が下手ですが。ダスティン・ホフマンの人間への熱い想いは伝わるかと思います。この映画も功罪はあるかと思いますが、自閉症史のゲームチェンジャーとなったことは確かでしょう。

 しかしまあ、『レイン・マン』効果はこの本では割と柔らかい内容のひとつで、著者が力を入れて書いている部分は、ハンス・アスペルガーさんのあまり脚光が当たることが無かった素晴らしい業績と、自閉症の診断基準のあいまいさでしょう。

 アスペルガー(ちなみに英語では「ッシュパーガー」と発音されますが)、彼に関しては、これだけで一冊本を出したほうがよかったのでは、という内容です。ナチス政権下のオーストリアで、優生政策によりどんどんガス室送り、施設送りになっていた発達障害の子供たち、特に今で言う所の高機能自閉症(知的な遅れが無い自閉症)の子供たちに自分のクリニックで独自の先進的な教育を施し、世界で初めて今で言うアスペルガー症候群の症例報告論文を書いた素晴らしい方です。
 知人の高齢の方に、対人関係のトラブルがあるとすぐ相手のことを
「あの人、アスペよっ!アスペって言うんでしょ!?」
と言う女性がいるのですが、こんな本を読んだ後では、トラブルメイカーの代名詞のように「アスペ」を連呼される故アスペルガーさんが大変気の毒です・・・。墓の中で何を思う、ハンス・アスペルガー。「チガウ!カンケイナイデス!ワタシガ アスペダッタワケデハナク アスペノヒトタチヲ タクサン タスケタダケナノニー!」

 しかし、アスペルガーさん、残念!
 英語で論文を書かなかった・・・
 ここ重要。論文がドイツ語だったせいで、さっさとアメリカに逃げてジョンズ・ホプキンズ大と言う権威ある大学からほぼ同時期に英語論文を発表した同じくヨーロッパ出身のレオ・カナー(英語だとオ・カナー)と大きな差がついて、自閉症研究の真の発展が遅れてしまいました。

 悔しいですが、世界は英語中心ですね・・・。

 自閉症をはじめとする発達障害や、精神障害の診断基準の曖昧さ、悪く言えばいい加減さに関しては読み応えがありましたが、以下の動画がわかりやすいです。(ただし、この動画は、「発達障害や精神障害は気合で治せる」みたいな教義のサイエントロジーの関係団体が作っているので、かなりおどろおどろしい作りで精神医学全否定の内容でなっていて極端です。)
 精神障害や発達障害は生理的な基準(血液中のなんとかが何%を超えている、とか)で診断することができないので、少数の医者や研究者たちが会議で相談して、
「こういう症例は、自閉症に入れますか?」
「入れましょう!」
「いや、私は反対だ、そりゃ自閉症じゃない」
「よーし、多数決で決めましょう」
とかやるしかないわけで、「それは科学的なのか」という疑問が湧きます。
www.youtube.com


 つまり、事実上の世界標準になっている診断マニュアルの内容次第で、あなたも私も今日から自閉症になるし、自閉症が治ったりもするわけです。「自閉症が激増している」というからくりもこの診断基準の変更と普及によるもので、実際の数は昔から変わっていないのではないか、というのが著者の結論です。

Whatever autism is, it is not a unique product of modern civilization.
自閉症がどんなものであれ、現代文明の特殊な産物と言うわけではない。

It is a strange gift from our deep past, passed down through millions of years of evolution.
何百万年もの進化を通じて受け継がれてきた、我々の深い過去からの贈り物なのだ。

Neurodiversity advocates propose that instead of viewing this gift as an error of nature—a puzzle to be solved and eliminated with techniques like prenatal testing and selective abortion—society should regard it as a valuable part of humanity’s genetic legacy while ameliorating the aspects of autism that can be profoundly disabling without adequate forms of support.

脳多様性の支持者はこう提唱する。
この贈り物を自然のエラー、足りないパズルのピースや出生前検診や中絶で除去するべきもの、というようにとらえるべきではない。適切な支援の形態が無かったらかなりの能力が損なわれうる自閉症の側面を改善し、社会はこれを人類の遺伝的な貴重な遺産の一部ととらえるべきである。

 著者がシリコン・バレーの技術者を多く知っているせいか、全体的に扱っている自閉症が高機能自閉症に偏っていて、自閉症が人類に貢献する才能を生み出す素晴らしもののように書かれています。それは事実ではあるとはいえ、それだけではないでしょう、と多少もやもやしました。
 行動療法や生理学的な療法に関しては否定的で、そもそも治したりするべきものではない、というのが著者の考えのようです。
 そりゃ私だって、人類の9割が自閉症で自分が残りの1割の少数派に属していて、「君は普通じゃない、おかしいよ」と自閉症の人たちみたいになるように「治療」させられたりしたら嫌です。自閉症を「治す」ことにエネルギーを注ぐべきではない、という著者の主張もわかりますが・・・。
 
 私は自分の子供を見ていて、どうしても自閉症がそんな素晴らしい「贈り物」とは思えません。
 
 この本に出てくる人たちのように、能力を発揮できる分野があったり、幸福を感じられる活動があったらいいのですが、今のところそういったものがあるようには見えないし、今後も見つかる可能性は低いと思います。

 子供自身は素晴らしい贈り物とは思いますが、彼の自閉症は辞退したい贈り物です。うまく言えませんが、自閉症が彼自身や彼の周囲の人間を幸せにしているようにはどうしても思えないのです。

 眠る、食べると言った人間の基本的な身体行動にも大きな影響があるし(びっくりするくらいし寝ないし限られたものしか食べない人が多い)、どこに行くにもまるで目隠しされて連れ回される人質みたいに不安で、言葉もほとんど出ず複雑なことが伝えられないせいで泣き叫ぶ、自分の体を傷つける行動をしたり、時には他人に攻撃的な行動をとったりもする、大きくなってもおむつが取れない、身体的な障害があるわけではないのに自分で自分の尻も拭けない・・・
 
 そんな症状に苦しむ本人や家族の前では、著者は同じことは言えないと思います。著者の主張することは、身の回りのことが一通り自分でできるくらいの人にはあてはまるかもしれませんが、重度の自閉症の人たちのことを忘れているのではないかと感じました。

 自閉症に素晴らしい局面があるのはわかりますが、負の部分も多過ぎるのです。

 『アルジャーノンに花束を』みたいに手術かなにかで一発で自閉症を「治療」する方法があったとしたら、その人はその人じゃなくなるわけですから、それはそれで問題があるとは思いますが・・・。

 とはいえ、家族に自閉症の方がいらっしゃるわけでもないのに、こうして真摯に自閉症のたどってきた歴史を研究・分析し、自閉症の良い面を強調してくれた著者には感謝の気持ちも感じます。「自閉症を知るならこの一冊」とレビューで書いていた方も多かったですが、確かにそういう位置づけにふさわしい貴重な一冊になっていると思います。

 自閉症の「負の部分」をなんとかするための知識は、またほかの書籍をあたって、私も自分にできる彼らへのサポートを生涯に渡って追及していこうと決意を新たにしました。

blog.the-x-chapters.info
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