THE X-CHAPTERS / Xチャプター

米国から本の話題をお届け

アメリカのドリーム夫婦に成り上がったゲインズ夫妻。奥さんジョアンナの料理本はそんなにいいのか『Magnolia Table』(by Joanna Gaines, Marah Stets)

 
 どうして、こいつら ↓↓↓ はこんなに人気があるんだー!! 最近、こやつらの顔をあちこちで見かけます。 

magnolia.com

 この方々は、チップ・ゲインズとジョアンナ・ゲインズという方々で、ご夫婦です。
 私はテレビをほとんど観ないので乗り遅れましたが、いつのまにかすごい人気になっていました。特に奥さんのジョアンナのほうは、もう「ライフスタイルの教祖様」という感じです。信者がうようよと発生しております。どうした負けてるぜ、こんまりさんよ!

 テレビで勝手にやってくれている分にはいいのですが、こやつらは回顧録だの料理本だの、本の分野にも進出しまくっています。そして自分の雑誌まで創刊しやがった!! しかもどれも売れまくっている!! これは、もう無視できません。

 コロナ禍で全世界が揺れていた2020年前半、ベストセラーリストのノン・フィクション本やハウ・ツー本のジャンルに居座り続けた君臨し続けたのが、ジョアンナの料理本の第二弾『Magnolia Table Volume 2: A Collection of Recipes for Gathering』です。

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『Magonolia Table 2』表紙より。今はGatheringしちゃいけないのに!

 ジョアンナ・ゲインズ・・・・・・

 なんでこんなに人気? く、くやしい! こんな地球の場末で誰にも知られずに生きてる私とのこの差を見よ! 誰も私のライフスタイルには興味持ってくれないの!? 

 というひがみ根性全開で、その魅力を全力捜査してみました。

無名時代のチップ&ジョアンナ

 夫チップは中古住宅を改装して価値を上げる「House Flipper」「Remodeler」と呼ばれる仕事をしている一種の大工さん、妻ジョアンナはその内装・外装専門、つまり夫が「作る、建てる」担当で妻が「飾る、美しく見せる」担当のビジネスパートナー。テキサスのなんのへんてつもない田舎町小さな街Wacoでビジネスを営んでいた普通の若い夫婦です。暮らしぶりもよくはなく、お金が無かったころのエピソードなどもよく紹介されています。
 が、既にこの頃からチップがビジネスに長けて野心もあり、プロとして正式なトレーニングを受けていないにも関わらずジョアンナに天性のインテリアデザイナーの才能があったことが当時のエピソードからもわかります。つまり「私たち皆さんと同じテキサスの田舎者よ」という売り方をしているけど、実は非凡な夫婦です。

チップ&ジョアンナ、出世のきっかけ

 HGTV(Home and Garden TV、 住宅だの庭だののことを一日中やってるケーブルチャンネル)に発掘され、『Fixer Upper』というリアリティ番組の主演(?)に抜擢されたこと。その後、5シーズンに渡るHGTVの大人気看板番組となりました。
www.hgtv.com

『Fixer Upper』で何やってたのか

 日本で言う所の「ビフォー・アフター」みたいな番組です。毎週毎週こんなことをやり続けてスターに。

家を探している一般人の夫婦(仕込み)が登場!! 
→ そいつらのためにゲインズ夫妻が予算内で買える家を探して紆余曲折を経て購入するボロ家が決定(台本通り)。「こんな家が私たちの要望通り素敵になるのかしら・・・」、一般人カップル(死語)そわそわ!!(演技上手)
→ チップ、作業開始。ハンマーだの斧だの体当たりだのキックだので、要らない壁や暖炉を盛大にぶっ壊す(やらせ)
→ 予期せぬトラブル発生(壊す予定の壁に水道管通ってたとか、注文したドアが合わないとか)!(毎回!!)
→ ジョアンナ、一般人カップルの要望や予算を聞いて、内装と外装のプランを魔法のように紡ぎ出して説明。
→ チップとジョアンナのかわいい夫婦喧嘩や、4人のかわいい子供たちとの幸せな暮らしぶりのショットがはさまれる。
→ お披露目ターイム! わざとらしく改装前の家がでかでかプリントされたパネルの前にカップルを立たせて、チップとジョアンナがパネルをずらす。一般人カップル、「OH MY GOSH!!」と抱き合って感涙!! ここでCM!!
→ 「準備はいいかい?中はもっとすごいよ」と改装後の家の中を案内するチップとジョアンナ。一般人カップル「オー!別の家になっている!夢がかなったわ!!!」。完!! 来週もお楽しみに!!

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「Fixer Upper」のお約束のお披露目シーン、パネルを動かすぞ!

 このワンパターンを飽きずに毎週毎週・・・。「飽きない」というより、このワンパターンが『水戸黄門』と同じで、確かなものなど何も無いこの世界で視聴者に安らぎを与えているのか・・・?

ゲインズ夫妻の何がそんなにうけたのか

 HGTVには類似番組がたくさんあるにも関わらず、こやつらがブレイクした要因。それはいろいろありますが・・・

1) ゲインズ夫妻の若さ

 番組開始時30代前半だった二人は、HGTVでは充分「若い」のです。おばさん世代と十代・二十代(こんな若い頃からHGTVにはまってる子もいる)を丁度良くつないだと思います。

2) ゲインズ夫妻のキャラ

 ちょっとおバカで愉快なチップと、賢くて聡明なジョアンナ。ゲインズ夫妻を表すときによく使われる単語が「Charming」。なんとも好感の持てるご近所さんみたいなムードをうまく出しています。特にチップが「面白い」らしい。私は観ても「ふーーーーーん・・・いい人っぽいね・・・」くらいですが。ひがみ入ってるから。

3)プライベートを売った

 夫婦にはかわいらしい四人の子供(番組終了後5人目誕生)がいるのですが、そいつらを惜しげもなく視聴率アップに使っています。私が子供なら、ぐれそうなレベル。親に「出演料をこっちによこせ」と要求しますよ。
 家族物のリアリティ番組みたいに、テキサスでのゲインズ一家の幸せな暮らし、素敵な自宅、庭を披露しています。みんなひとんちの暮らしを見たいですからね。
 「家族が一番、家族第一」。そんなマーケティング展開をしているゲインズ一家ですが、あんな小さな子の顔を全国にさらしといてよく言うよ、へっ!と私は毒づいてます。ひがみ入ってるんで。

4)伝統的な家族像が保守的なアメリカ人にウケた

「子だくさん、力持ちでゆかいでやさしいお父さん、良妻賢母、田舎のコミュニティを大切にし、教会に通って家族が一番」・・・・・・まんま『大草原の小さな家』みたいな家族像じゃないですか。唯一現代的なのが、「妻が才能を活かしてバンバン稼いでいる」というところ? でも、料理本を読む限り家の中のことは全部ジョアンナって感じです。ゲインズ一家に憧れるアメリカ人・・・昔に回帰してる?
 これだけ売れてもカリフォルニアとかニューヨークとかに行かずに、テキサスの元からいたところに住み続けて、地元に貢献しているのもポイントです。アメリカ人って大半が田舎住まいですから、親しみ持てるんでしょう。

5)ジョアンナがデザイナーとして本当に優秀

 Hater(アンチ)が叩ききれない理由として、これがあるのではないかと。
 こやつの創り出した住宅内装のトレンドはすごいようです。スーパースタイリッシュな農場の納屋みたいな雰囲気のインテリアで、「ブルータスよお前もか」状態で同じような家にしたいという注文が各地のRemodelerに殺到。壁に使われる「Shiplap」という素材など彼らの番組が始まる前は誰も知らんかったのに、今やみんな知っているという・・・。こういうのは、その辺の新興住宅地でやっても浮くんじゃないの? ちゃんと農場暮らしできるところでやるならかっこいいけど。
 それに、これだけ流行ってしまうと何年か後に恥ずかしいことになるに違いない!! と私は暗く喜んでいます。ひがんでますから! こんな改装するお金なんて多分一生無いですから!!!

その後のゲインズ夫妻の快進撃

 『Fixer Upper』は「自分たちのビジネスや家庭生活とテレビ出演を両立させるのが難しくなった」という理由で惜しまれつつ終了。
 しかし、そんな理由でやめた割には、番組終了後のアグレッシブなビジネス展開がすごいです。
 レストラン開店(行列ができているそうですよ)!
 自分たちのテレビチャンネル「Magnolia Network」立ち上げと新番組のスタート! (グッバイ、HGTV! 自分のチャンネルで稼ぐぜ!!)
 Target(全国展開しているスーパー+家庭用品の小売りチェーン、昔のダイエーみたいな感じ)とコラボしたインテリアブランドの立ち上げ!
 料理本も!!雑誌「Magnolia Journal」創刊(毎号ジョアンナが表紙)も!
 こういったメディアの露出が大きいビジネスのほかにバケーションホームのレンタルとか、とにかく一大ビジネス帝国を築き上げて今なお勢い衰えないパワーカップルです。夫妻の拠点、廃れかけた田舎町テキサスのWacoという街は、一大観光地となり、ゲインズ夫妻の経済効果、生み出した雇用は計り知れないと聞いています。

ゲインズ夫妻現象、簡単に分析すると

 なぜ短期間でこんなにうまいこと知名度を獲得できたのか完全に理解はできないのですが、私の印象から言うと
「マーサ・スチュワートやレイチェル・レイといった同じような分野の先駆者たちが、若い世代の憧れとなるには歳をとりすぎてしまったところに、うまいこと入り込んだ」
という感じです。
 子供を5人育てながらこれだけ広くビジネス展開して、それでも「家族第一」、おうちは常にピカピカで食事は手作りして、夫婦仲良くて、子供はみんな健康でかわいくて・・・みたいな幻想をばらまいている夢をみんなに与えたところも、仕事と家庭の両立に悩む世代の憧れにふさわしい。

で、ジョアンナの料理本はどうなのか

 あまりにも欲しいものを手に入れ過ぎているゲインズ夫妻。
 カメラに映っていないところではお互い足を踏んづけ合ったりしている仮面夫婦に違いない・・・フフフ・・・料理本だって? きっとレシピのゴーストライターがいるのさ! ジョアンナは料理どころか子供と一緒にご飯食べているかも怪しいぜ!!
 と、叩く気まんまんでジョアンナの料理本第一弾手にとってみましたが・・・

 私はもうなんだか完敗気分になりました・・・。

 載っているレシピがすごい、とかそういうことではありません。料理自体は、どちらかと言うと平凡で、またそこがいいんだろうなあという感じでした。読者は何かすごいものを求めているというより、憧れのジョアンナの名前がついていればなんでもいいんでしょう。ジョアンナと同じものを作ってジョアンナに近づきたいんだと思います。
 本の作り自体は、さすがスタイリッシュでインテリアの一要素にはいい感じですが、中身の料理の写真がそれほどおいしそうに撮れていないのも残念です。料理の写真より、ジョアンナと子供がキッチンで料理している写真のほうに撮影した人の力の入れようを感じます。 

 それよりなにより私がうなったのが、「Introduction」に掲載されているジョアンナのロングエッセイです。大変悔しいことに私は「この人素敵だな」と素直に思いました。

 新婚時代のチップとジョアンナが、借りていたアパートから自分たちの新居に移り、初めてそこで夕食を共に食べた夜のエピソードの顛末がいいのです。

 料理もそれほどできず何を作っていいのかわからず、とりあえず自分の母親直伝のパスタを料理すればまず失敗は無いだろう、と考えたジョアンナ。少しでも特別な食卓にしようと、テーブルに新しい食器やキャンドルをセットして、豪華に見えるように水をワイングラスに入れて、用意した夕食をチップとともに食べ始めた、そんな場面の続きが以下です。

He took two bites and didn't say anything. That was probably the first time since we'd met that he'd been at a loss for words.
(チップは二口食べて、何も言わなかった。私たちが出会って以来、チップが言葉を失ったのは多分その時が初めてだったと思う。)

I figured he was just in awe of what was in front of him and trying to process how much he loved it. After six bites I couldn't handle the silence so I asked him what he thought.
(彼はただ自分の前にあるものに感激してしまって、どんなに気に入ったかという気持ちを整理しようとしているだけだ、と私は思った。6口目の後、沈黙に耐えられなくなってどう思ったか彼にきいた。)

And then he said these words: "Wellllll, umm, it doesn't taste like my mom's spaghetti."
(そしてチップはこのように言ったのだった。
「そうだなー、うーん、俺の母さんのスパゲッティみたいな味じゃないなー」)

I almost choked on my noodles. A few not-so-nice thoughts (and words) were running through my mind, but I kept quiet and let him continue to dig himself even deeper into this hole.
(パスタが喉に詰まりかけた。あんまり行儀がいいとは言えない言葉と考えが頭を駆け巡ったけど、私は何も言わずさらに彼に墓穴を掘らせ続けた。)

"I just love my mom's spaghetti. I wish you would have asked her for her recipe. This tastes different, and I'm just used to my mom's."
「俺はただ母さんのスパゲッティが好きなんだよ。母さんにレシピを聞いてくれてたらよかったのに。このスパゲッティはちょっと違うよ、俺は母さんのに慣れてるだけなんだ。」

 こいつらがアメリカ人憧れの夫婦かい!バッカじゃないのー!?
 と勝ち誇ったのもつかの間、続きのジョアンナの文章がいいんですよ。

(snip) But I learned a valuable one that night as well. Food is personal. It's like the musical soundtrack of our lives, and it can take us back to a particular moment in time-good or bad.
(ー中略ー でもその夜、私は大切なことも学んだ。食べ物は”個人的なもの”ということを。自分の人生のサウンドトラックのようなものであり、良い瞬間であれ悪い瞬間であれ、ある特別な瞬間へと私たちを連れ戻してくれるものなのだ。)

Food is also emotional. It connects us to our past. Chip's deep loyalty to his mom's spaghetti is actually really sweet. I love and appreciate it now, fifteen years later.
(食べ物は感情的なものでもある。食べ物は、自分の生まれや育ちにつながっている。母親のスパゲッティに対するチップの愛着は実はすごく素敵なこと。15年経った今はそれに愛を感じるしよく理解できる。)

And back then, I eventually realized that we were both just missing our mamas and anxious about adjusting to this new, unfamiliar chapter of life.
(それに、だんだん分かるようになったことだけど、あの頃は、私たちはただ二人とも自分たちのママが恋しくて、人生のよく知らない新しい章に適応できるか不安だっただけだった。)

 そして、それぞれに「個人的」だった食べ物が一緒の食べ物を食べていくことで新たに「二人の」あるいは「家族の」大切な記憶へと変わっていった過程が嫌味の無い感じで綴られていきます。

 これって、人によっては、読売新聞のなんとか小町とかに書きこんで、「そんな男、この先だってろくなことないし離婚したほうがいいと思います」とかギスギス、ネガティブな返信が山ほど来そうなエピソードじゃないですか。

 でも、夫も夫の家族も自分も落とすことなく、料理っていいな、私も家族のために料理頑張ろうかな、という前向きな気持ちに読者を持って行っているところがいいです。こやつは名前だけ使われているフェイクなセレブではなく、真に聡明な女なのかも・・・と敗北感に打ちのめされました。

 他にも、いろんなレシピの上に、ちょっとしたその料理にまつわるエピソードが紹介されていて、レシピよりそこだけ拾い読みしたくなると思います。で、私も月曜日にバナナいっぱい買って週の後半にはでっかいバナナブレッド作るのを定番にしようかなあ・・・などと洗脳されかけている自分に気がつきました・・・。負けた・・・負けたよ・・・ジョアンナ・・・。

No matter what happens, try to enjoy the process. As Chip told me early on: If you mess up, there's always pizza.
(どんなことが起ころうとも、お料理を作るプロセスを楽しむようにして。昔チップがよく言ってたっけ。「失敗したって、いつもピザがある」)

 とのことなので、冷凍庫に冷凍ピザを買い置きして、ゲインズ家直伝レシピであなたもジョアンナになった気分を味わってみては。

 最後になりましたが、ジョアンナ・ゲインズはお母様がコリアンです。金髪碧眼バービーではなくアジア系でこの成功も実はすごい快挙です・・・。

 負けた・・・負けたよ・・・ジョアンナ・・・。

Magnolia Table: A Collection of Recipes for Gathering

Magnolia Table: A Collection of Recipes for Gathering

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