THE X-CHAPTERS

米国から本の話題をお届け

英国から老人探偵団登場! 2020年下半期大ヒットのコージー・ミステリ『The Thursday Murder Club』(by Richard Osman)

f:id:AgentScully:20201229051740j:plain
『The Thursday Murder Club』表紙


人を殺すことなど簡単だ。
死体を隠すところ、そこが難しい。
そこで捕まってしまうものだ。
だが私は運のいいことにちょうどいい場所を見つけた。
実に完璧な場所だ。

Killing someone is easy. Hiding the body, now, that's the hard part. That's how you get caught.
I was lucky enough to stumble upon the right place, though. The perfect place, really.
(From The Thursday Murder Club by Richard Osman)


 謎めいた上記の「誰か」の独白で始まるこの小説。
 2020年9月刊行、リチャード・オズマンのデビュー小説です。
 発売前から「スピルバーグが映像化権を買った」だの「7 figure(>1億円ということ)の出版契約」だのと騒がれていたせいか、英米、とくにやはり英国で売れています。既に続編の発売も決定。

作者リチャード・オスマンはテレビ司会者

 英国のお茶の間(死語)ではおなじみのクイズ番組司会者である作者リチャード・オスマン。
 日本で言うと、彼がどのくらいの知名度レベルなのか正確に表現できないけれど、
「有吉弘行、ミステリ小説で小説家デビュー!」
「太田光、ミステリ小説刊行!」
とか、それくらいのインパクトはあるけど、
「タモリ、作家デビュー!!」
まではいかない感じ・・・?
 ロックダウン明け、経済活動再開直後の英国で、堂々のベストセラーランキングNo.1を飾り、英国の書店で一番本が売れるクリスマスの週のベストセラーランキングで、オバマ元大統領の回顧録をおさえ史上初デビュー作で栄えある第一位に輝くと言う快挙も成し遂げた本作。昨年は、『The Boy, The Mole, The Fox and The Horse(ぼく、モグラ、キツネ、馬)』がクリスマス・ギフト本として大ヒットしましたが、今年は英国ではこの本なんでしょうね。
blog.the-x-chapters.info
 確かに、大人ならプレゼントにしても大丈夫な内容の本ではあります。

高級リタイアメント・コミュニティが舞台

f:id:AgentScully:20201230000815j:plain
近所のリタイアメント・コミュニティ

 子供を学校に迎えに行く途中に、毎日豪勢なホテルみたいなリタイアメント・コミュニティを通ります。常に静謐な感じで、敷地に出入りする車は見るけれど人は一人も見たことが無い。いつも中に遊びに行ってみたいなあと横目で眺めています。
 リタイアメント・コミュニティ・・・日本語だと「老人ホーム」? でもそれとは少し違う感じもする。日本だと元気なシニアは自宅で暮らして、介護が必要になったらホームに入る、という感じで、「老人ホーム=動けなくなった人が行くところ」というなんとなく「あまり入りたくはないなあ」という若干ネガティブなイメージが無くもない「老人ホーム」ですが、「リタイアメント・コミュニティ」はちょっと違う。少なくともアメリカでは「早く退職してリタイアメント・コミュニティで優雅に暮らしたいなあ」というような人も多い。退職した人専用の快適なアパートという感じ。高級なところだと、プール、フィットネス・センター、レストラン、バーがついていて、アパートのほかに戸建ての棟もある。
 以前は多くのリタイアメント・コミュニティが「55歳以上の方のみ入居可能」だったのが、最近は「65歳以上」になりつつあるとも聞いた。
 子供が巣立った後の要らないスペースがいっぱいの家を手放して、家のメンテナンスだの雪かきだの芝刈りからも解放され、やりたいことに時間をかけて、友達と楽しく暮らす・・・お金のある人が選べるライフスタイル、それが「リタイアメント・コミュニティ」という感じ。
 『The Thursday Murder Club』の登場人物たちが住んでいるのは、そんな高級リタイアメント・コミュニティ「クーパース・チェイス」。修道院の跡地を再開発した、木々や丘に囲まれた美しい施設。アメリカのリタイアメント・コミュニティと違って庭もすごそう。映像化の際は、そんなクーパーズ・チェイスの雰囲気をどう出すかが見もの。
 作中のリタイアメント・コミュニティには、自立して人生を謳歌している人のための棟のほかに、寝たきりになった人のための介護施設も併設されており、必要な場合はそちらにすぐ行ける用意もある。
 まさに至れり尽くせり。
 作者も、友人の母親が暮らすリタイアメント・コミュニティを数年前に訪れた際、
「うわー、すごいきれいなところじゃないか! なんか殺人事件が起こりそう・・・。」
と思ったのがこの小説のインスピレーションだったとか。
 美しい洋館とか、豪華なお屋敷を見るとそこに死体を転がして探偵を登場させてみたくなる、これはもう英国人のDNAなのか?

ミステリ部分に斬新さは無い

 物語の中心となるシニアは四人。
 謎めいた過去を持つ元スパイのエリザベス、労働組合の有名な運動家ロン、精神科医のエイブ、元看護士のジョイス。
 毎週木曜日に四人で集まって人殺しを繰り返す・・・という話だったら筒井康隆の小説みたいになってしまうので、さすがにそうではなく、有り余る時間を使って過去の未解決殺人事件を調査する素人探偵ごっこをしている。
 物語は今まではクラブの中心メンバーだったペニーという元警官の女性が、要介護棟に移ってしまったため、新たにコミュニティに越してきた元看護士のジョイスが仲間に加えられるところから始まる。「クラブのメンバーの中で自分だけが平凡」と自覚するジョイスがつけ始めた日記、それが時折小説に挿入され、語り手の役割を果たしながら話が進む。
 出だしの展開がスローで、ミステリ部分も何か新しいトリックが出てくるわけでもない。殺人の犠牲となる人間たちもろくでもない人ばかりで、犯人が誰かあまりどうでもいいというか、犯人探しに身が入らない。ここらへんが、いたいけな少女が無残に冷血漢の犠牲となる筋書きで読者をぐっとつかむ最近よくあるサイコ・サスペンスと違う。そこが暗い気持ちにならず軽く読める「コージー」な感じを出しているんだと思うけど、前へ前へと読ませる力は弱くなってしまう。
 しかも、文章のスタイルも、

「AとBとCとDは昔よくつるんで悪さをした仲間だった。しかしBがある晩、若いチンピラを撃ち殺してしまったところから、すべてが変わった。CとDが死体の処理に関わった。彼らは逃げて今どこにいるかわからない。Aは彼らの行方を想った。」

というような、小学生の作文スタイルで時系列順に説明してくれる感じではなく、

「Aはバーの壁に触れた。この後ろにBがあの晩放った銃の弾丸が通過した痕があるはずだ。Cの車まで貫通したが、CもBが相手じゃしょうがない。血、血、血・・・覚えているのはそれだけ。シートにくるんだそれをCが顔なじみのタクシー運転手に運ばせたんだった。もちろんそいつに関してもBが念を入れないわけがない。CとDは彼を撃ったあと消えた。」

みたいな・・・。うまく言えないけれど、味のある面白い文章なのですが、英語力の乏しい私には眠気との闘いになる箇所も多かった。この本の前に読んだウォルター・テヴィスの『クイーンズ・ギャンビット』が、時系列順に淡々と出来事を追っていくだけだったのに比べると、この小説は結構凝った文章なのがわかる。
 全体に散りばめられているユーモアも秀逸。はっはっはと声を上げて笑う箇所は無いけど、ニヤッとする感じ。しかも、老いをバカにしての笑いというわけではない。ミステリでとぼけた可笑しさを出すのはかなり難しいと思うので、この作者を尊敬する。
 ラストもちょっとほろりとしつつ、笑ってしまった。あることに使ったタッパーをどう処理していいのかわからず、「捨てたら失礼かしら、でもこれに食べ物入れるのはちょっと・・・どうしよう」、とおろおろ途方にくれる登場人物の姿が目に浮かび、そこで終わった。
 なんかいろいろ欠点はあるんだけど、読後感が悪くないため良い小説だったように思えてしまう。終わりよければすべてよし。終わりは大切だなあ。

これもシニアビジネスの成功例

 世界的に平均寿命が延びているのだから、シニアが主人公のこういうエンターテイメントはこれから増えていくはず。この小説は、シニアの世界を描きながらも、広い世代にアピールするように、主人公四人と意図せず仲良くなってしまう20代の女性警官や、その上司の寂しい中年男性の刑事を登場させているのが巧妙。
 シニアの世界の気ままな楽しさを描きながらも、それを美化せずに、ほろ苦く切ない部分も描いている。たくさんの別れがあり、それでも生きている限り人生は続く。何も無いようでありながら非常にドラマチック。作者の嘘偽りない、人生の先輩たちへの敬意と愛情を感じた。

夏はまだ秋を覆い隠しているままだが、それも長くはないだろう。
あと何回の秋がエリザベスにはあるのだろうか?
あと何回、心地よいブーツに足を入れ、落ち葉の中を歩けるだろうか?
ある日、エリザベスのいない春が来るだろう。
水仙はいつだって湖の側に目を出すだろうが、いつまでもそこでそれらを見られるわけではないのだ。
だから当然のことだけど、そうできるうちに楽しんでおこう。

Summer is still keeping a lid on autumn, but it won't be long.
How many more autumns for Elizabeth? How many more years of slipping on a pair of comfortable boots and walking through the leaves? One day, spring will come without her. The daffodils will always come up by the lake, but you won't always be there to see them. So it goes; enjoy them while you can.

映像化するなら

 おまけ。勝手に映像化する際のキャストを考えてみました。
 
エリザベス(元スパイ):ヘレン・ミレン

f:id:AgentScully:20201230023214j:plain
ヘレン・ミレン、画像はWikipediaより

ロン(労組の有名運動家):イアン・マッケラン

f:id:AgentScully:20201230023409j:plain
イアン・マッケラン、画像はWikipediaより

エイブ(精神科医):パトリック・スチュアートもしくはアンソニー・ホプキンズ

f:id:AgentScully:20201230023559j:plain
パトリック・スチュアート、画像はWikipediaより

ジョイス(元看護士):ブレンダ・ブレッシン

f:id:AgentScully:20201230023712j:plain
ブレンダ・ブレッシン、画像はWikipediaより

ペニー(元刑事):ジュディ・デンチ

f:id:AgentScully:20201230023924j:plain
ジュディ・デンチ、画像はWikipediaより

ペニーの夫:アンソニー・ホプキンズ

f:id:AgentScully:20210428035052j:plain
By gdcgraphics, CC BY-SA 2.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=11926828

マッキー神父:ジェレミー・アイアンズ

f:id:AgentScully:20210428035643j:plain
The original uploader was Polly at English Wikipedia., CC BY-SA 3.0 <http://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0/>, via Wikimedia Commons

 サーだのデイムだの称号持ってる大御所ばかりのドリーム・キャストです。若手の登場人物もいろいろ勝手にキャストを考えたり、なんだかんだで楽しい小説だった。私のまだ知らない世界に行けた。
 私のクリスマス・クッキングを大いに助けてくれた一冊。ありがとう!

英語メモ:
red herring 人の気をそらすもの[情報]、おとり Chris has shown her the photograph left near the body. Surely it's a red herring, though? IT must be. (クリスは死体の側に残された写真を彼女に見せた。でも絶対おとりだろうが。そうに違いない。)

参考記事:
Richard Osman becomes first debut author to land Christmas No 1 | Books | The Guardian
Richard Osman lands 'seven-figure' deal for crime novel written in secret | Crime fiction | The Guardian

blog.the-x-chapters.info