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怪奇と魔法とSFと秘密結社とラヴクラフトと・・・人種差別! すごいマッシュアップ!『Lovecraft Country』(by Matt Ruff)

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 2016年2月刊行のアメリカ人作家マット・ラフによる小説、『Lovecraft Country』を読んだ。

Lovecraft Country: A Novel (English Edition)

Lovecraft Country: A Novel (English Edition)

  • 作者:Ruff, Matt
  • 発売日: 2016/02/16
  • メディア: Kindle版

 残念ながら邦訳はまだ出ていない様子。

 作品も作者も批評家には高く評価されていたものの、ジョーダン・ピール、J・J・エイブラムス等のビッグネームが製作に入って2020年にドラマ化されるまで、それほど知名度は高くなかったと言っていいと思う。

HBOドラマ『ラヴクラフトカントリー 恐怖の旅路』予告編
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 私もドラマで話題になって原作であるこの小説を手にとった一人。

 予想をはるかに上回るオリジナリティに溢れたすごい小説だった。でも、何がどうすごいのか、どういう小説なのか、奇想天外過ぎて説明しづらい。どうやってこんなのドラマ化するんだ?? 近所の図書館では、司書さんがお薦め図書コーナーにこの本を置いていて、「ドラマよりも絶対本のほうが面白いです!!」とコメントをつけていたけれど。
 1950年代のアメリカを舞台にしながら、宇宙や異次元に行ったり、幽霊屋敷や、殺人からくり装置、人食いダコ(イカ?)が出てきたり、黒魔術みたいなものとか、フリーメイソンやら、そんなのまで話に関わってくる。
 一体どうなってるんだなんなんだ、と言いたくなるようなめちゃくちゃな小説なのに、どんな小説かと言われたら「黒人の人種差別を描いた小説」というしかない。

 でも、そのテーマからは想像しがたい、ほのかに明るいトーンすら感じる、なにか本当に不思議な小説なんである。

1950年代は黒人にとって日常がホラー映画

 作品の舞台となるのは今から約60年前の1950年代半ばのアメリカ。

 その時代というと「Jim Crow Era」と呼ばれる時期で、黒人を奴隷とする時代はすでに終わっている。しかし、南部諸州では「ジム・クロウ法」という法律により、黒人は黒人用の学校に通い、黒人用の交通機関を使い、黒人専用の水飲み場やトイレを使うことが定められている。
 要するに「決して白人様と同じ場所で同じような生活すんなよ?」という人種分離が法で認められ、有色人種(黒人だけじゃなくて黄色人種なんかも含む)が白人と同じ人間扱いされていなかった頃。

 その頃に黒人がアメリカ国内を旅行するのはまさに命がけ。
 レストランやホテルでは空きがあるのにあちこちで利用を断られる。それですめば良くて、黒人を嫌悪する白人たちのリンチの対象になることだってある。最悪、死が待っている。警察など頼りにならない。警察は黒人嫌悪の白人だらけなのだから。
 例えば、「サンダウン・タウン」と呼ばれる白人住民専用の街。運悪く旅行中の黒人がうっかりそんな街に日没後に居合わせてしまったら、警官はその黒人を職務の一環として殺して木につるしていい。罪にも問われない。
 
 はっきり言って、この年代の黒人たちって庭先に入ってきたネズミくらいにしか思われていない。生きるか死ぬかは、白人様のご機嫌次第。ネズミが一匹二匹死のうがたいしたことじゃあない。殺すまではしないとしても、ネチネチと悪意を持って排除を試みてくる奴らばかり。
 自分がその「ネズミ」側だったらと想像してほしい。まさに毎日がホラー映画、ホラー小説、サバイバルなのである。

 この小説自体はフィクションだけど、この時代背景は史実の通り。コルソン・ホワイトヘッドの『The Nickel Boys(邦題:ニッケル・ボーイズ)』も同じような時代を舞台にしていたけれど、そこでも黒人少年たちの少年院での凄惨な暴力の日々が書かれている。やはり人間扱いされていない。
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 こういう小説を読むと、「ブラック・ライブズ・マター」という言葉が本当に悲しい。「黒人の命だって大事だ」。それは、黒人の命なんてどうでもよかった歴史があるから存在する言葉。日本ではブラック・ライブズ・マターの運動を目の敵にしたり、冷淡だったりする人がいるけれど、アメリカに住んでいてしかもこういう小説を読むと、とてもそんな態度はとれない。

 ほんと、なんでこんな国に住んでいるのだろうと思ってしまう。

 この小説は、そんな恐ろしい時代に、黒人が少しでも安全に旅行できるように、国内各地を実際に旅行して危険を調査し、黒人向けの旅行ガイド本を作って売っている一家と、その周辺人物たちの群像劇になっている。

ラヴクラフトと言えば「人種差別者」

 小説のタイトルは直訳すると「ラヴクラフトの国」。

 このラブクラフトはもちろん、アメリカの怪奇幻想小説の先駆者H・P・ラヴクラフト
 私はラヴクラフトを愛読したこともなく、クトゥルー神話だのネクロノミコンだの全然わかんないのだけれど、一冊もラヴクラフトを読んだことが無い人でもこの小説自体は問題無く読めると思う。しかし、ラヴクラフトを知っている人には、
「おお、アレが出たぞ」
「ああ、これはアレね」
とか、にやりとできるように書いてあると思われ、1.2倍くらい楽しく読めるのかも。ラブクラフト・・・どハマりする人が多いカルト作家ですね。
 そんなカルトな世界を知らなくてもこの小説にはついていけるのだけど、一つ、押さえておかなくてはいけないのは、ラヴクラフトが「人種差別主義者」と認識されているということ。作品や、残された書簡から「白人至上主義」が溢れている方なのです。
 ラヴクラフトが生きていた時代や環境を考えると、彼のような人は実はそう珍しくはなく仕方が無かったとも言えるけれど、とにかく彼はそういう人だった。
 
 しかし複雑なことに、この小説の主要登場人物たちは、黒人でありながらそんなラヴクラフトの作品をはじめとするパルプ小説を深く愛して読んでいる。

 自分たちを嫌悪している作家なのに、その人の本は好き。

 それは何か、アメリカに住む黒人の複雑な、そして悲しい立場を象徴しているように思えてならない。

重い題材がなぜか胸躍る旅と冒険の物語になっている

 作者が、「人種差別を軽々しく扱う(trivialize)ことはしたくなかった」と言っている通り、物語がどんなに縦横無尽に奇想天外な展開をしようとも、作品は重いテーマから一歩も離れていないのがすごい。
 黒人が黒人に生まれたというだけで背負っている不公平、理不尽、過酷な運命、悲しみ、そしてそれと戦って生きていく勇気。
 そういったものを共有する黒人たちの一致団結というか、強いチームワークみたいなものがなんだか眩しい。ラヴクラフトの国ではひとりでは生きてゆけない。知恵と力を合わせて戦おう。不遇な境遇にある人達だけが持つそんな絆みたいなものがうらやましく感じてしまうくらい。
 黒人の人種差別がテーマの小説・・・というと暗く重い小説かと身構えてしまうのだけど、謎めいた、そして痛快で胸のすく負け犬たちの冒険譚みたいなテイストが絶妙に出せている。センシティブなテーマだけによくこんなの出したなと思う。

作者が白人なのはいいの?

 作者のマット・ラフ自身は黒人ではない。
 よって、黒人の悲しみや苦しみを実感している側ではなく、これは多数の本や黒人の知人を通して学んだ知識を元に、自分の想像力でその傷みを書いているということ。これは下手するとかなりイタい作品になってしまう。お前に何がわかるんだよ、お前白人だろ?と。例えて言うなら、アメリカ人が原爆投下時の広島市民の悲劇を奇想天外な設定で描くようなもの。
 2020年のベストセラーの一冊『American Dirt(邦題:夕陽の道を北へゆけ)』の出版後の騒動を思い出した。
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 あの小説の作者は、「あんたは全然関係無いのに、国境を越えてくる移民の悲劇を小説にして儲けるんだね」という「トラウマ・ポルノ(人の不幸な体験で感動を誘って金儲け)」批判をさんざん受けていた。作者が悪いというより、同じような題材の同じような小説を書いてもトラウマの当事者(移民)による作品よりも全然関係の無い白人作家の作品が大プッシュされてしまうというアメリカ出版界の白人優位問題が浮き彫りになった騒動だったけれど、はっきり言ってこの『Lovecraft Country』の作者の立場も同じ。
 しかし、レビューや書評を読む限り、『American Dirt』のような非難はこの作者にはなされていない様子。あの小説ほどメディアに大きく取り上げられなかったことが幸いしているのか。あと、トラウマを与えている側=白人に属する作者が、作品中で白人たち、つまり自分たちを痛烈な自己批判をもってきちんと描いたからか。それとも、当事者が読んでもまあ納得できる出来だったからか。是非、黒人読者の感想が聞いてみたいところ。

 怪物より何より人間が怖い。

 アメリカは今もこれからも、「ラヴクラフトの国」なんだろうか。いや、アメリカだけじゃなくて、日本も、世界中も・・・。