
英国人作家エリー・グリフィスによる2019年3月刊行(本国イギリスでは2018年11月)のミステリー小説『The Stranger Diaries』を読んだ。
2020年のエドガー賞の長編小説賞の大賞を見事、受賞した作品。邦訳は見つけられず。今後の日本語版刊行予定もわかりませんでした。

The Stranger Diaries: a completely addictive murder mystery (English Edition)
- 作者:Griffiths, Elly
- 発売日: 2018/11/01
- メディア: Kindle版
作者のエリー・グリフィスは、法人類学者ルース・ギャロウェイのシリーズ、刑事とマジシャンのコンビが活躍する「Magic Men」シリーズなど既に多数の著作があるミステリ作家。
この作品も、抜群の読みやすさで英語もそれほど難解では無く、週末に一気読みできる長さ。経験豊富な作家の余裕をどこか感じる一冊だった。
雰囲気作りは名人芸の域
古い校舎に保存されている没後のホラー作家の書斎、
らせん階段に出ると人が一人死ぬという幽霊の言い伝え、
白黒の写真、
覗かれた日記帳、
美しい女教師、
刻印のある死体、
廃墟のセメント工場、
交霊会、
魔女・・・
もう・・・もう・・・最高です、雰囲気は!!!
たまりません。想像力をかきたてられる光景というのは人それぞれだとは思うのですが、多分この作者と私は好みは同じとみました。
I was inspired by West Dean College, where I teach creative writing, and by my own comprehensive (non-fee-paying) school, which included an old wing, mostly out of bounds to students and (of course) possessing its own resident ghost.
(私が創作を教えているウェスト・ディーン・カレッジ、通っていた学校の霊がとりついているという学生は当然立ち入り禁止の古い棟にインスパイアされた。)
I wanted to combine the world of iPhones, Saturday night TV and computer gaming with ancient buildings, half-glimpsed figures, and sudden screams in the night.
(iPhone、土曜の夜のテレビ番組、コンピューターゲームといった世界と、古びた建物、見え隠れする人影、突然の夜中の悲鳴を混ぜ合わせたかった。)
上記は後書きの作者の言葉ですが、やりたかったことはうまく行っていると思います。ちなみに、以下はインスパイアされたというウェスト・ディーン・カレッジの校舎の写真です。

出そう・・・何かが出そう・・・。こんなところで先生やってたら、こんな小説書きたくもなるわ・・・。
視点の入れ替え、サブプロットも面白い
45歳のもててもてて困っちゃう女性高校教師、その娘の15歳の少女、事件を捜査する35歳のインド系イギリス人女刑事の3人が交代でストーリーの語り手になる形式で小説は進みます。
それぞれが語る出来事は、オーバーラップしつつも少しずつ新しい展開が付け加えられて物語が進んでゆく。同じ出来事が違う人物の目を通すとまったく違う解釈になったり、それぞれが他者には思いもよらないことを本当は心の中で思っていたりするのが面白い。特に女教師とティーンネイジャーの娘は、娘のほうが親に言えない秘密だらけで、親子間で誤解やすれ違いが多く、真実を知っている読者だけがはらはらする。その娘と仲のいい惚れっぽいアイルランド系男子の若さゆえの愚かさも、物語をひっかきまわしていて面白いサブプロットになっている。
しかし、45歳の女高校教師と15歳の娘は、日本だったら25歳の女教師とその妹の15歳にしないと売れないな。45歳の恋愛事情がこんなにエキサイティングなのがいまいち腑に落ちない。そんな45歳、ほとんどいないと思うんだけど。犬以外の主要登場人物の誰にも共感しづらく応援の気持ちが湧かないところはこの小説の弱点のような気がする。
とはいえ、35歳のインド系レズビアン女刑事は読者に好評だったようで、彼女が登場する次の小説の刊行が既に決定しているそうです。
ミステリ部分が物足りない
この小説、ミスリードも自然に小説の展開に織り込まれていて、誰も彼もがあやしくて、何か恐ろしいものが静かに進行している危うい感じを出すのが本当にうまい。緊張感も一貫して保たれている。
しかし、犯人は半分くらいでわかります・・・わかってしまいます・・・。
ミステリーを愛読している人なら「あれっ?小説内のこいつの扱いがおかしいな」と気がついてしまうと思う。
これは私だけかと思って、他の方の読者レビューもチェックしたら、私と同じように「誰が犯人かは途中でわかってしまったが動機や手口が分からず、残りはそれを知るために読んだ」という人もいたけれど、「すごくびっくりした」という人も結構いた。うらやましい。びっくりしたいんだよう、私も!!
ミステリー小説って、既にやりつくされた感がある分野で、オリジナルなあっと驚く展開とかトリックというのはもうほぼ存在しないと言っていいと思う。
ではどこで面白さを出すかというと、犯人解決に至るまでに主人公がたどる心の旅路とか成長とか葛藤だったり、事件に隠された犯人と被害者のドラマだったり、犯人の犯行に至るまでの生い立ちや心情だったり、そういう「犯人は誰だ」以外の部分だと思うんですよ。
近年売れたミステリや心理サスペンスって、全部その部分で売っている。『The Girl on the Train(ガール・オン・ザ・トレイン)』の酒浸りなどうしようも無い孤独な女しかり、『The Woman In The Window(ウーマン・イン・ザ・ウィンドウ)』の広場恐怖症の女しかり、『The Silent Patient』の主人公と犯人の女の関係しかり・・・。どれもミステリの部分は凡庸だけど、ドラマはある。
この小説には、それが無かった・・・。
犯人は途中でわかってしまうし、結末まで読んで犯人のそうするに至った心情や、巻き込まれた人たちのその後の人生の新しい章の始まりみたいなものが読めるのかと思ったら、そういったもの無く・・・。
あっさり「犯人は○○だった!ちゃんちゃん♪」という感じで・・・。
雰囲気やストーリーの進み方は最高なだけに、なんの余韻も残らない結末が残念。たとえると、ものすごく謎めいた影のある儚い美少女に思い切って話しかけたら、すごいキンキン声で「キャハハハハハハいみわかんないー」と言われた時の男性のがっかり感にちょっと似ているような・・・? いや、少し違うか・・・?
エドガー賞大賞なのがちょっと意外
とにかく、時を忘れて没頭できるレベルのエンタメ小説であることは確かだけど、これがアメリカで膨大な数が出版されているミステリ小説の中で大賞に値するのか?という疑問が湧いた。エドガー賞のレベルって実は低いの? そんなわけ無いと思うんだけど。
最近いつもミステリの洋書を読むと思う。日本人のミステリ作家って実は世界最高峰なんじゃないかと。 日本のミステリ小説のレベルってすごく高くないですか?
エドガー賞って、過去に東野圭吾、桐野夏生がノミネートされて大賞受賞を逃しているけれど、はっきり言ってこの『The Stranger Diaries』でとれるんなら、桐野夏生なんてどの小説でもとれそう。他の日本人作家だって、この小説以上の面白いミステリを出している人がたくさんいる感じがする。
私が最近洋書のミステリを読んでもあんまり楽しめないのは、レベルの高い和製ミステリを読み過ぎたせいなのか。きっとそうに違いない。
多分、ゴシックな雰囲気を評価されて大賞を受賞したと思われる今作、読むならハロウィンに是非。10月の英国の古い学校に響き渡る悲鳴が、ほら、あなたにも聞こえる・・・!!