THE X-CHAPTERS

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Z世界大戦の生存者たちのインタビュー集・・・新しい形式のゾンビ文学『World War Z』(by Max Brooks)

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 中国で発生した謎の疫病。
 必死の隠蔽工作を繰り広げる中国。疫病はあっという間に各国を巻き込んだパンデミックに。しかし、人類はそのあまりにも常軌を逸した疫病を、自分の身に脅威が本当に迫ってくるまでどうしても現実的にとらえることができない。大国アメリカは、軍事力をはじめ世界最高のリソースを誇りながらもトップが無能でそれを使いこなせず、脅威の前になすすべもなく屈するという体たらく。その時、イスラエルは、ロシアは、南アフリカは、キューバは、そして日本は・・・?

 コロナ危機を記録したノンフィクション・・・・・・ではなく、これは米国人作家マックス・ブルックスによる2007年刊行の小説『World War Z』のあらすじ。

World War Z: An Oral History of the Zombie War (English Edition)

World War Z: An Oral History of the Zombie War (English Edition)

  • 作者:Brooks, Max
  • 発売日: 2010/07/19
  • メディア: Kindle版
 日本版はこちら。
WORLD WAR Z(上) (文春文庫)

WORLD WAR Z(上) (文春文庫)

WORLD WAR Z(下) (文春文庫)

WORLD WAR Z(下) (文春文庫)

 ブラット・ピット主演で2013年に映画化されたので、そこそこの知名度もある作品ですが私は今まで未読。パンデミック中のおすすめ図書としてReddit民ですすめている人がいたので、読んでみた。
blog.the-x-chapters.info

作者マックス・ブルックス

 作者のマックス・ブルックスは、『プロデューサーズ』などで知られるコメディの巨匠メル・ブルックス、女優アン・バンクロフトの一人息子。
 お母様は他界されましたが、父上は90歳を超えて尚もお元気で、昨年の春には、親子で一緒に動画に出てコロナの感染防止を呼び掛けてたりしていた。

 マックス・ブルックスはサタデー・ナイト・ライブの作家などを経て、作家デビュー。この作品の前にも、『The Zombie Survival Guide』なる、ゾンビ災害からのサバイバル本を出したりしているけれど、この『World War Z』で見事ブレイク、ニューヨーク・タイムズNo.1作家の仲間入り。昨年2020年には、ビックフットに関するスリラー小説を発表してそちらも売れている。
 セレブの子供人生を歩んできた恵まれた人であるわけだけど、幼少期から学習障害に苦しんできて、学習障害への理解を呼びかける啓蒙活動にも熱心に取り組んでいる方。ハリウッドのA級女優であった母親がキャリアを投げうって自分の教育に尽くしてくれた、母が自分に人生をくれた、と語っておられます。読むのが困難なため、教科書や本などは母であるアン・バンクロフトがすべて朗読し、それを録音したものを聴いていたとか。
 そんな困難がある人が、どうやってこのような膨大なリサーチを必要とする小説を書くのか想像を絶する。学習障害とは生涯に渡る付き合いになっているらしく、現在でもオーディオ・ブックを探して読み上げを聴きながら本をマークしたりとかなりのご苦労がある様子。1時間書くために100時間のリサーチをしているそうですが、そうして得られた膨大な知識がこの作品にも余すところなく使われている。

ゾンビ設定おさらい

 この本、「小説」と言っていいのかよくわからない変わった構成で、
「Z世界大戦の戦後処理をしている国連職員が、世界各地の生存者に行ったインタビューをまとめた記録集」
というフェイク・ルポタージュの形式をとっている。
 Z世界大戦のZは、「ゾンビ」のZ。
 なんだゾンビか~と、B級ホラーやスプラッタを思い浮かべてバカにしてはいけない。ジョージ・A・ロメロがゾンビ映画を世に送り出してから、手を替え品を替え、なぜゾンビがここまでエンタメ界で生き続けているのか? ゾンビには、人間の思考や感情や創造性を大きく刺激する何かがある。バカにしてはいけない。
 ちなみに私はゾンビものがかなり好き。
 興味無い方のためにゾンビもの基本設定を列挙する。

・感染者に噛まれることでゾンビウィルスに感染する。空気感染は無い。マスクは役に立たない。ゾンビがマスクしてくれたら助かるんだけど。徹底的にソーシャル・ディスタンシング&ステイホームするしかない。
・感染したら、発症率・致死率は100%。
・感染から死に至るまでの時間は作品により異なるが、いずれも数時間から数日に設定され、短期間で発熱けいれんなどの症状に苦しみ最終的には心停止する。
・死後、肉体は脳神経の反射か何かの作用でよみがえり行動する。狂暴化して生きている人間を襲う。この状態がいわゆる「ゾンビ」。
・ゾンビの脳には生前の記憶や人格は一切無い。
・物理的に脳を破壊することだけがゾンビを止める唯一の方法。

 心臓が止まっても脳の反射神経だけで動き続けるっていうのが、現実離れしていると思うんだけど、それ以外は狂犬病ウィルスがモデルじゃないかとか言われていますよね。

 この『World War Z』も上記基本設定に忠実に従ってはいる。ちなみに移動スピードは、昨今はやりの「速いゾンビ」ではなく、ロメロのゆっくりゾンビのほうを採用している。走れば逃げられる。
 基本設定プラスもっと細かいところでは・・・
 「既に死んでいるから、人間向きのの大量殺戮兵器が効果が無い」とか、「栄養補給の必要が無いから、基地や補給路を断つという戦術が使えない」「不眠不休で24時間動けるから対策が難しい」など。酸素も要らないから水中でも生きられるし、氷点下のような環境では活動しないが春になって凍土や氷が解けると復活する。一体一体、脳の破壊を行い、それを確認していくしか撲滅の方法は無い。

 そんな生き物がいたら世界はどうなるだろうか?
 
 それを大まじめに考えてパニック・シミュレーションすることで、現実の世界の問題や人間の弱さ、そしてしぶとさも大きく浮かび上がってくる、そんな小説になっている。

読む人を選びそうな形式

 患者0号が出た中国の医師のインタビューに始まり、インタビューの対象者は、政府高官から兵士、一般人まで多種多様に及ぶ。いずれも数ページの短いインタビューで終わり、それぞれの経験も、極地方から宇宙ステーションから海底まで世界全体に及ぶ。日本は出てこなそうだなと安心して読んでいたら・・・まんなかくらいでかなりのページが割かれていてびっくり。この日本の部分が一番劇画チックというか小説っぽい。多少ステレオタイプな感じ、外国人が見た極端な日本という感じはあるけれど、私はかなり楽しく読めた。
 しかし、きれいにオチがついた優れた短編になっているインタビューと退屈なインタビューに分かれ、ばらつきが大きい。まあ、現実のインタビューも人によってそういうあたりはずれはあるわけで、そういう現実の雰囲気をうまく拾えているともいえるけど。
 小説を通して感情移入できる主人公がいたり、サスペンスがあったりするわけではなく、あくまで「人類全体」が主人公であるため、先へ先へ読ませる力は弱く、最後の方はとにかく「読み終わるために読む」という感じになってしまった。ゾンビに殺される前に愚かなパニックで自滅していく人類を描いた前半のほうが、面白いエピソードが多かったかな。最後のほうは盛り上がりに欠け、息切れしている印象がある。
 とはいえ、まとまりの無いインタビューの記録集という体裁をとってはいるものの、作者の中では、アウトブレイクから収束に至るまで地球全体の各地の綿密な年表が作られているのがわかる。それらをすべて経験した世界の人々が、同じ世界の人々に向けて自分の経験を語っているという形式、つまり「架空の世界の人間が架空の読者に架空の歴史を共有していることを前提で語っている」という形式なので、現実の読者にはさっぱりわけわからんちんな用語や事件がバンバン出てくる。読んでいるうちにそれらがなんなのかはっきりしてくるという仕掛けで、それはそれで面白い形式ではあるんだけど、英語力の無い私にはちと辛かった。
 つまり、
「911の前後で航空業界の安全対策はまったく別物になった」
と言われたら、今の全人類のうち大人だったら8割くらいは理解できますよね?
 そんな感じで、
「ヨンカーズが分かれ目だった」
だの、
「あの時期はまだRoboは普及していなかったから」
だのとインタビューに「当然知ってるよな」という感じで、何かよくわからないものが出てくる。そのわけのわからなさが、自分の語彙力、地政学、歴史や国際政治の知識不足ゆえなのか、小説の中だけで登場する架空のものだからなのかが、英語で読んでいると区別がつかない。無駄に辞典やネットで調べたりしながら読み進める羽目になり、本当に難しく時間がかかった。日本語で読めばよかった。

この世界をもっと知りたくなる

 実際にコロナウィルスのパンデミックを経験した後で読むと、こういう終末世界モノの読み方がすっかり変わる。
「物理的な接触さえ避ければ防げるんだから、空気感染するコロナよりずっと簡単に撲滅できるでしょ」
と思ったり、
「いや~パニックはこんなもんじゃすまないんじゃないの? コロナ程度の致死率のウィルスでもトイレットペーパー無くなっちゃうんだから!!」
とか思ったり。
 10年以上前の小説なのに、中国とアメリカの書かれ方に現実が追い付いてきているのが怖い。10年前、学者でもなんでもない小説家でもこうやって予測できるパンデミックに、世界はなぜ何の備えもしてこなかったのか。いや、備えていても実際は人間など、こんなものなのか。
 ゾンビものの映画や小説には、いつも現実の人間社会の脆弱さと愚かさを痛感させられる。そしてこの小説に関しては、自分の国際社会に関する勉強不足、英語力の不足も痛感させられた・・・。日本の周りとアメリカの周りくらいしか知らないんですよね、結局。
 なんか、ゾンビウィルスのパンデミックで世界旅行した気分になる小説だった。世界は人間には広く学ばなくてはならないことだらけだけど、ウィルスにとっては狭い、本当に狭い。

 ちなみに、この小説のオーディオ・ブックは、オールスターキャストで各国の英語のアクセントを再現したラジオ・ドラマ風になっていてかなり豪華。作者自身が、国連職員つまりインタビュアー役で出演、マーク・ハミルなんかも出ている。日本人役は日系俳優のマシ・オカ。ただし、私が聴いたバージョンは、いくつかのエピソードが省略され、小説の全部が収録されていなかった。いいの?それで? 確かに知的障碍者の女性のインタビューは削っても全体に影響ないんだけど、最後の一行で話にオチをつけていて、印象深い好きな話だったのに。
 途中を飛ばしてもなんとなく成り立つ、これがこの小説のすごいところでもあり、やっぱり弱点でもあるなあ・・・。 

参考動画:
Author Max Brooks on Growing Up With Dyslexia | Understood - For learning and thinking differences