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ミステリ好き注目! ネタバレ無しで2021年エドガー賞最終候補全6作品を語る

 ミステリー小説界のアカデミー賞のような存在、エドガー賞*1

 先日、ふとした興味でエドガー賞を徹底捜査してしまった経緯は以下の記事の通り。選ぶ側の大変さに脱帽した。
blog.the-x-chapters.info

 審査員たちの苦労に敬意を表し、今年2021年の長編小説部門の最終候補6作品を全て読んでみた。

エドガー賞最終候補作の翻訳状況

 でも最新のエドガー賞を語られだって洋書なんか読まないし・・・というあなた。過去10年のエドガー賞を見て下さい、ほら! すごい翻訳率です。
 以下、過去10年のエドガー賞長編小説部門の最優秀賞ノミネート作品の一覧。各年の一番上の行の太字作品が大賞受賞作で、作品名の右側の()内が刊行年月日。
 早いもので一年以内、遅くても2~3年くらいでほとんど翻訳されている。

2011年

 作者  英語版 日本語版
★ スティーヴ・ハミルトン 『The Lock Artist』 (2010/1/5) 『解錠師』(2012/12/9)
ハーラン・コーベン 『Caught』(2010/3/23)
トム・フランクリン 『Crooked Letter, Crooked Letter』 (2010/10/5) 『ねじれた文字、ねじれた路』 (2011/9/15)
タナ・フレンチ 『Faithful Place』 (2010/6/24) 『葬送の庭』(2013/9/20)
ローラ・リップマン 『I'd Know You Anywhere』 (2010/8/17)
ティモシー・ハリナン 『The Queen of Patpong』 (2010/8/17)

2012年

 作者  英語版 日本語版
★ モー・ヘイダー 『Gone』 (2011/2/1) 『喪失』(2012/12/7)
アンネ・ホルト 『1222』 (2011/12/27) 『ホテル1222』(2015/9/30)
フィリップ・カー 『Field Gray』 (2011/4/14)
東野圭吾 『The Devotion of Suspect X』 (2011/2/1) 『容疑者Xの献身』(2008/8/5)
エース・アトキンス 『The Ranger』 (2011/6/9) 『帰郷』(2013/8/5)

2013年

 作者  英語版 日本語版
★ デニス・ルヘイン 『Live by Night』 (2012/10/2) 『夜に生きる』 (2013/3/8)
ウォルター・モズリイ 『All I Did Was Shoot My Man』 (2012/1/24)
ギリアン・フリン 『Gone Girl』 (2012/6/5) 『ゴーン・ガール』 (2013/6/11)
ジェシー・ケラーマン 『Potboiler』 (2012/6/5) 『駄作』 (2014/6/6)
アル・ラマンダ 『Sunset』 (2012/5/16)
リンジー・フェイ 『The Gods of Gotham』 (2012/3/15) 『ゴッサムの神々[ニューヨーク最初の警官]』 (2013/8/16)
エース・アトキンス 『The Lost Ones』 (2012/5/31)

2014年

 作者  英語版 日本語版
★ ウィリアム・K・クルーガー 『Ordinary Grace』 (2013/6/5) 『ありふれた祈り』 (2014/12/10)
ルイーズ・ペニー 『How the Light Gets In』 (2013/9/1)
トマス・H・クック 『Sandrine’s Case』 (2013/8/6) 『サンドリーヌ裁判』 (2015/1/9)
イアン・ランキン 『Standing in Another Man’s Grave』 (2013/1/15) 『他人の墓の中に立ち』 (2015/4/7)
マット・ヘイグ 『The Humans』 (2013/7/2) 『今日から地球人』 (2014/11/15)
ローリー・ロイ 『Until She Comes Home』 (2013/6/13) 『彼女が家に帰るまで』 (2016/4/20)

2015年

 作者  英語版 日本語版
★ スティーヴン・キング 『Mr. Mercedes』 (2014/6/3) 『ミスター・メルセデス』(2018/11/9)
ワイリー・キャッシュ 『This Dark Road to Mercy』 (2014/1/28) 『約束の道』(2014/5/15)
モー・ヘイダー 『Wolf』(2014/5/6) 『虎狼』(2016/11/15)
スチュアート・ネヴィル 『The Final Silence』 (2014/10/28)
イアン・ランキン 『Saints of the Shadow Bible』(2014/2/5) 『寝た犬を起こすな』(2017/5/15)
カリン・スローター 『Cop Town』 (2014/6/24) 『警官の街』(2015/12/25)

2016年

 作者  英語版 日本語版
★ ローリー・ロイ 『Let Me Die in His Footsteps』 (2015/6/2) 『地中の記憶』(2017/3/9)
M・J・カーター 『The Strangler Vine』 (2015/4/15) 『紳士と猟犬』(2017/3/15)
フィリップ・カー 『The Lady From Zagreb』(2015/4/7)
マイケル・ロボサム 『Life or Death』 (2015/3/10) 『生か、死か』(2016/9/15)
ドゥエイン・スウィアジンスキー 『Canary』 (2015/2/25) 『カナリアはさえずる』 (2018/12/25)
デイヴィッド・C・テイラー 『Night Life』 (2015/3/17) 『ニューヨーク1954』 (2017/12/25)

2017年

 作者  英語版 日本語版
★ ノア・ホーリー 『Before the Fall』(2016/5/31) 『晩夏の墜落』(2017/7/6)
アラフェア・バーク 『The Ex』 (2016/1/26) 『償いは、今』(2018/4/18)
リード・ファレル・コールマン 『Where It Hurts』 (2016/2/3)
リンジー・フェイ 『Jane Steele』 (2016/3/22) 『ジェーン・スティールの告白 』(2018/2/15)
アリソン・ゲイリン 『What Remains of Me』 (2016/2/23)

2018年

 作者  英語版 日本語版
★ アッティカ・ロック 『Bluebird, Bluebird』 (2017/9/12) 『ブルーバード、ブルーバード』 (2018/12/15)
キャスリーン・ケント 『The Dime』 (2017/2/14) 『ダラスの赤い髪』 (2019/7/4)
フィリップ・カー 『Prussian Blue』 (2017/4/4)
アビール・ムカジー 『A Rising Man』 (2017/5/9) 『カルカッタの殺人』 (2019/7/4)
ハンナ・ティンティ 『The Twelve Lives of Samuel Hawley』 (2017/3/28) 『父を撃った12の銃弾』(2021/2/25)

2019年

 作者  英語版 日本語版
★ ウォルター・モズリイ 『Down the River Unto the Sea』 (2018/2/20) 『流れは、いつか海へと』(2019/12/4)
キャサリン・ライアン・ハワード 『The Liar’s Girl』 (2018/2/27)
マイク・ローソン 『House Witness』 (2018/2/6)
ヴィクター・メソス 『A Gambler’s Jury』 (2018/2/27) 『弁護士ダニエル・ローリンズ』(2020/4/2)
ローレンス・オズボーン 『Only to Sleep』(2018/7/24) 『ただの眠りを』(2020/1/9)
ディアナ・レイバーン 『A Treacherous Curse』 (2018/3/7)

2020年

 作者  英語版 日本語版
★ エリー・グリフィス 『The Stranger Diaries』 (2019/3/5)
バーバラ・ブルラン 『Fake Like Me』 (2019/6/18) 『わたしは贋作』(2021/2/17)
ピーター・ヘラー 『The River』 (2019/3/5) 『燃える川』(2021/1/21)
アビール・ムカジー 『Smoke and Ashes』 (2019/11/1)
マイケル・ロボサム 『Good Girl, Bad Girl』 (2019/7/23) 『天使と嘘』(2021/6/16)

 このようにエドガー賞のノミネート作品のほとんどは日本語で読める。早川書房さんが頑張ってくれている。ありがとう早川さん!
 
 今年のノミネート作品も今は日本で未刊行でもきっとすぐ本屋に並ぶから、これから私が語り倒す内容も是非読んでほしい。

 ・・・ということを訴えるためだけに上記の過去10年のエドガー賞一覧表を作ったわけだけど、その内容に気になる点がありすぎた。

 10年で2回ノミネートされている人が結構いること(モー・ヘイダー、エース・アトキンス、イアン・ランキン、ローリー・ロイ、マイケル・ロボサム、アビール・ムカジー)。
 10年で三回ノミネートされたフィリップ・カーが大賞をとることなく故人となってしまったこと。
 あれほど売れた『ゴーン・ガール』がその年の大賞ではないこと。
 2014年が豪華すぎる件。
 マット・ヘイグの『Humans(今日から地球人)』はミステリだったのかという驚き。
 意外と売れっ子作家(ハーラン・コーベン、ルイーズ・ペニーなど)のノミネート作品が翻訳されていないこと。
 
 などなど・・・。

 過去10年のおさらいにはまってしまい、本題を書くエネルギーがもう無い。

 なんか・・・本末転倒人生・・・。

 なんかすごいADHDあるあるだなあ・・・。
 

エドガー賞2021年長編小説部門 最終候補作

 
 ここまで読んで下さっている方がいるのかわからないけれど、2021年のエドガー賞長編小説部門の最終候補作を大急ぎで紹介する。順序に深い意味は無く、単に私が読んだ順番というだけ。

『The Thursday Murder Club』 (by Richard Osman)
『These Women』 (by Ivy Pochoda)
③ 『Djinn Patrol on the Purple Line (邦題:ブート・バザールの少年探偵)』(by Deepa Anappara)
『The Missing American』 (by Kwei Quartey)
『Before She Was Helen』 (by Caroline B. Cooney)
『The Distant Dead』 (by Heather Young)

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2021年エドガー賞 長編小説部門最終候補作


 全体的に社会の弱者を扱った硬派でシリアスな作品が多い印象。英語はどれもだいたい平易。さすがミステリ小説で、小難しい表現より先へ先へと読ませる力が勝っているので、すいすい読める。最初30ページだけしっかり頑張って登場人物と小説の舞台を把握すれば、英語学習中級者くらいでもそれほど難なく読めるはず。意外と、唯一コメディ・タッチの①が最も英語でてこずった気がした。

 それでは、以下、ネタバレなしで簡単に各作品と作者をそれぞれ紹介します。

 常に頭に中で、

「過去に日本からノミネートされて大賞を逃したたった二つの作品、桐野夏生『OUT』と東野圭吾『容疑者Xの献身』より面白い本があるのか」

という高いバーと設定しながら読んだので、多少辛口になっています。

① 『Thursday Murder Club』(by Richard Osman)

 英国のテレビ番組司会者として有名なリチャード・オスマンのデビュー小説。昨年、売れに売れた。今年もまだ売れ続けている。

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クイズ番組司会者からベストセラー作家になったリチャード・オスマン、朝のワイドショー出演時の動画https://youtu.be/8UXvhQfe4qIより

 テレビでも成功しているくせに作家にまでなるとは・・・ぐぬぬぬ・・・。ひとつでいいでしょ、ひとつで。どっちかひとつ、こっちに寄こせ。「愛と金はすでに持っている人のところに集まる」、これは作家ニック・ホーンビィの名言だけど、そこに「才能」も入れてもいいんじゃないか。
 小説に話を戻します。
 英国の高級リタイアメント・コミュニティを舞台に、シニア探偵団が活躍する楽しいミステリ。詳細に関しては過去記事をどうぞ↓
blog.the-x-chapters.info
 最終候補全6作品の中で、唯一のコージー・ミステリ*2として名誉のノミネート。
 読後暗くならずに済む小説。その代わり後に残るものも少ない。が、それを狙って書かれているエンタメ小説なのでそれでいい。
 最終候補6作品の中でミステリ小説として出色な点はなく、明るいトーンに終始したことを評価されたのかなと解釈している。
 スピルバーグが映画化権を買ったことが話題になったけど、自分で監督はしない様子。監督はオル・パーカーに決定というニュースがあった。。キャストは未発表。映画の前に、小説の続編のほうが先に出そう。2021年9月刊行予定、またあのシニア探偵たちに会える!

The Man Who Died Twice (The Thursday Murder Club)

The Man Who Died Twice (The Thursday Murder Club)

  • 作者:Osman, Richard
  • 発売日: 2021/09/16
  • メディア: ハードカバー
 

②『These Women』(by Ivy Pochoda)

These Women: A Novel

These Women: A Novel

  • 作者:Pochoda, Ivy
  • 発売日: 2020/05/19
  • メディア: ハードカバー
 作者のアイヴィー・ポコダは元プロのスカッシュ選手。この小説が長編5作目。
 スカッシュ選手としても成功したくせに作家にまでなるなんて・・・ぐぬぬぬ・・・。ひとつでいいでしょ、ひとつで。どっちかひとつ、こっちに寄こせ。やはり愛と金と才能は、既に持っている人に集まる。どうにかできないのか。
 ちなみに、アイヴィー・ポコダさんは、⑥『The Distant Dead』の作者ヘザー・ヤングと大学院の同級生。お互いに同時ノミネートを喜んでいらっしゃいました。

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アイヴィー・ポコダさん、同年にノミネートされたヘザー・ヤングと作品を語りあっている動画https://youtu.be/u7xr590fbuYより

 この小説は、ミステリというよりかなり文芸寄り。
 舞台は、太陽と金持ちの街LAの影のような地域。「立ちんぼ」みたいな女性たちの声なき声を描いた社会派小説の雰囲気がある。マイケル・コナリーも絶賛らしい。超シリアス。エドガー賞にノミネートされるのは少し不思議。
 LAの路上の女たちの連続殺人事件、「その犯人は誰なのか」よりも「なぜそんなにも長い間犯人が捕まらなかったのか」を見つめることで、社会の不平等を静かに訴えている。MeToo+ブラック・ライブズ・マター。かなり時流に乗っている。 
 私はこの小説で、以前耳にしたことのある、
「同じ事実を語っても、女性より男性のほうが信用される」
という心理学実験を思い出した。立ちんぼさん、特に有色人種の立ちんぼの言葉など誰もあまり真剣には聞かない。その命も軽く扱われるだけである。
 そしてこの小説は、LAの都会の空気を描いたLA小説でもある。しかし、私は毎日車で農場を通りかかり、そこの馬がこっちを向いてくれるのが毎日の楽しみというような生活を送っている者でございます・・・。都会を思い描くのが、火星を想像するように難しかった。
 

③ 『Djinn Patrol on the Purple Line(邦題:ブート・バザールの少年探偵)』(by Deepa Anappara)

Djinn Patrol on the Purple Line: A Novel (English Edition)

Djinn Patrol on the Purple Line: A Novel (English Edition)

 インドのジャーナリスト、ディーパ・アーナパーラのデビュー小説。アーナパーラは、インド生まれのインド育ち、記者として10年以上のキャリアを持ち、インドの貧困や宗教問題や教育問題などに関する記事でジャーナリストとしても各賞を受賞している。現在は英国在住。
 ジャーナリストとしても成功しているくせに作家にまでなるなんて・・・ぐぬぬぬ・・・。ひとつでいいでしょ、ひとつで。どっちかひとつ、こっちに寄こせ。やはり愛と金と才能は、既に持っている人に集まる。これでいいのか。

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ディーパ・アーナパーラさん、インタビュー動画https://youtu.be/sAOFg5Otgp4より

 この小説は、彼女がジャーナリストとして取材し続けた経験がふんだんに活かされている。表紙にイアン・マキューアンのお褒めの言葉が載っていることでびっくりしたけれど、読後はなんとなく納得する。確かに素晴らしいデビュー作である。
 主人公は、インドのスラム街の10歳の少年ジャイ。優等生の女子パリーとイスラム教徒の子供ファイズと大の仲良しで、「ポリス・パトロール」という警察実録もののテレビ番組が大好き。学校の友達の一人が失踪し、その謎を仲間と解決して「ポリス・パトロール」に出るぞ!と張り切っている。しかし、解決の糸口をつかめないまま、第二・第三と失踪事件は続くのだった・・・。
 謎もある。探偵役もいる。しかし、ミステリ度は薄い。
 インドのスラム街の子供の生をやさしく暖かなトーンで描いた文芸小説だと思った。しかし、身を切られるようにやるせなくせつない物語でもある。後半に向けて尻すぼみな小説が多い中、これは後ろに行くほどぐっと集中して読める小説だった。終盤~エンディングも素晴らしく、私は本当に目の前に路上でバラを売る少年の傷だらけの手や、犬と共に夜空を見上げる少年の姿が見えた気がした。それぞれが無垢な少年・少女時代と別れを告げるような終盤がもう・・・涙涙。

 が、最初の30ページ解読するのがかなりきつい。

「バスティのチャチが、ディディはどこかときくので、僕はルヌを探した。」

こんな感じのことを英語でやられると、どれが外来語でどれが自分の知らない英単語で、どれが地名でどれが人名かさっぱりわからない。
 そこで、いちいちGoogle検索して、これはインドの言葉でこれは人名だな、などと調べる羽目になった。私のように英語やインドの知識がばっちりではないけど読んでみたいという方のために、調べた内容をこつこつまじめに一覧表を作りながら読んだ。
 そして感動のエンディングを読み終え、ページをめくると・・・

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用語集が・・・

 用語集あるなら最初から言ってくれ! 

 赤字で「わからない言葉は巻末の用語集でご参照ください」と書いて欲しい。
 というか、洋書の小説には和書にあるような「注釈」というページ構成は無いの? 単語の横に線が引いてあって、(1)とか(2)とか書いてあって、読者に「ページのすみっことか章末とか巻末に説明があるよ」とわかるようにしてある、あれですよ。あれって日本特有なの? 素晴らしいやり方ですね。さすがDetail-Orientedな国、日本。
 最初の30ページは辛かったけれど、この小説は最終候補6作品の中で、読後の余韻が一番残った作品。6作品の中でもう一度読み返すとしたらこの小説かな。
 この主題を悲惨な暗さで描かなかった作者はすごい。小説にした意味がある。ジャーナリストとして、この主題に関するシリアスな記事を何十記事書いても、暗い話題に疲れた読者にスルーされてしまうだけ。こうして小説にしてくれたことで、多くの読者がスラム街の子供たちの問題を「他人事」ではなく、「よく知る誰かの傷み」として感じることができるだろう。
 イアン・マキューアンが褒めるのもわかる、素晴らしい小説だった。
 でも・・・「ミステリ小説」と言われると・・・うーーーーーーーん・・・。

④ 『The Missing American』(by Kwei Quartey)

The Missing American (An Emma Djan Investigation)

The Missing American (An Emma Djan Investigation)

  • 作者:Quartey, Kwei
  • 発売日: 2020/01/14
  • メディア: ハードカバー
 ガーナ出身のアメリカ人作家、クウェイ・クォーテイの7作目の小説。
 クウェイ・クォーテイは、大学までガーナで過ごし、その後アメリカの大学で医学を専攻、医師としてアメリカで20年以上診療を続ける傍ら作家として犯罪小説を発表し続け、現在は専業作家。

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クウェイ・クォーテイさん、ミステリ作家の集まりで本を宣伝している動画https://youtu.be/t3b4TCDpDZAより

 医者としても成功したくせに作家まで・・・ぐぬぬぬ・・・。ひとつでいいでしょ、ひとつで。どっちかひとつ、こっちに寄こせ。やはり愛と金と才能は、既に持っている人に集まる。どうしても納得がいかない。
 この小説は、5つ星をつける人は少ないかもしれないけど、多くの人が4つ星をつけるだろうなという作品。
 作者の生い立ちを最大限活かし、舞台はガーナ。ガーナには、「サカワ」と呼ばれる欧米諸国を対象としたインターネット詐欺を行う集団「サカワ・ボーイズ」が横行している。サカワ・ボーイズは、アフリカ特有の呪術で詐欺に魔力を与える(と謳っている)呪術師に貢ぎながら、「白人たちは昔自分たちから奪うだけ奪ったんだから、こっちだってやりゃいいのさ」と罪の意識も無く、せっせと恋愛詐欺やクレジットカード詐欺に励んでいる。ナイジェリア詐欺は有名だけど、ガーナもこんなインターネット詐欺大国だったとは。
 しかも、サカワは手口も巧妙で洗練されていて、もしかしたら私も寂しく孤独にさいなまれている時などはひっかかってしまうのでは・・・?とすら思えるほど。荷物を小走りに届けてくれるサガワ・ボーイズは大歓迎だけど、サカワ・ボーイズのターゲットには絶対なりたくない。
 これは、そんなサカワ・ボーイズにカモられた一人のアメリカ人男性が彼らと対決しようとすることから様々な人に起きてしまったドラマを描いた小説。
 サスペンスもすごく、「ああ~そんなことしたら絶対見つかる、ダメだって・・・やめなよ、危ないってば・・・」とハラハラしながらページをめくる手が止まらなかった。
 探偵役となる主人公の26歳の女性エマのキャラもいい。
 ヒロイン、ヒーローには、「弱くだらしなくまるで自分のようで共感できる」というタイプと、「こんなふうになれたらいいなあ、理想だなあ」というタイプが二つあると思うけれど、エマは明らかに後者として描かれている。
 やさしく賢く勇気があるヒロインで、ストレス解消の手段は、お休みの日に自閉症児の施設でボランティアすること、だって。そんな素敵なお嬢さんおるんかいな。
 自閉症が重要要素として出てくるので、やはり自閉症児の母としてこの小説には甘くなってしまう。
 しかし、この小説も冒頭の30ページがなじみのない地名、人名、そして「チャレイ」だの「アレイ」だの、また外来語だか知らん英単語だかわからない言葉続出で辛かった。またもや登場人物表や頻出外来語一覧表を作る羽目になり、時間がかかってしまった。でも、一通り外来語や人名に慣れるとあとはやめられない止まらない、なので楽々読める。そして、全て読み終わって目にしたのは・・・

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また用語集が・・・!!!

 用語集あるなら最初に言ってくれ!!
 
 またやっちまった。頼むよ、もう。

 それと、これから読まれる方にもう一点、知っておいていただきたいことが。
 この小説のサスペンスに大きな力を発しているのが、「Fetish Priest」と呼ばれるインターネット詐欺ヤクザの元締めみたいなオカルト呪術師なんだけど、「フェティッシュ」に「呪術」という意味があることを知らず、「フェティッシュ・プリーストって性的に倒錯した神父さんか?」と変態聖職者を想定して読んでしまったため、かなり混乱した。これから読まれる方は、私のような誤解をなさらないように。私だけか。
 あまり深い人間ドラマは無いけれど、非常に興味深いトピックが扱われていて、異文化を垣間見ることでき、ハラハラドキドキする小説。読後は、ヒロインと弟のその後が気になり、シリーズ第二作目(『Sleep Well, My Lady』)も読んでみたいなという気持ちになった。多分、この作品は今年の大賞には選ばれないだろう。しかし、存分に楽しめたエンタメ色の強いミステリ小説であることは確か。

⑤ 『Before She Was Helen』(by Caroline B. Cooney)

Before She Was Helen

Before She Was Helen

 80年代から現在に至るまで、主にYA読者向けの小説を中心に90作以上のミステリ、サスペンス、ロマンス小説を発表してきたアメリカ人作家キャロライン・B・クーニー。日本でも、ヴァンパイアもののシリーズや、単発ものの小説が翻訳出版されているが、一番の代表作は、『Face On The Milk Carton』シリーズ。テレビドラマ化もされ、ベストセラーになった。牛乳パックに載った行方不明の子供を探す広告を見て、「これは自分の顔ではないか?」と自分のアイデンティティに決定的な疑問を持った女子高生のドラマが描かれている小説である。
 今回、エドガー賞にノミネートされた『Before She Was Helen』は作者によると、その代表作に出て来た女子高生のような人生を送った、つまり「二つの名前、アイデンティティを強いられた人物が50年経ってシニアになったらどうなっているのか」を膨らませた大人向けのストーリー、とのこと。

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「70代を過ぎて”大人向け小説を書く”という新しいキャリアが始まった」というクーニーさんのインタビュー動画 https://youtu.be/h2EOaEmi7x4 より

 現在70代という作者の年齢を活かした設定になっており、主人公は作者と同年代の女性クレミー*3。彼女のリタイアメント・コミュニティでの平和な暮らしは、ふとした出来事から一気に転落していく・・・。
 クレミーはなぜ「ヘレン」と名乗って、二つの携帯電話を使い分けているのか? 
 彼女の過去には何があったのか? 
 物語は、50年代~60年代のクレミーの少女時代の謎と、現在彼女が暮らすサウス・カロライナのリタイアメント・コミュニティにおける殺人、という二つのミステリを行ったり来たりしながら進み、やがてひとつになる・・・。
 一粒で二度おいしいすごい小説・・・なんだけど、「二度おいしい」の一方、つまり過去のパートのほうがおいし過ぎて、もう片方、現代のパートの味が残らない感じ。現代のパートのほうも限定された空間で繰り広げられる知能戦が舞台劇のようで面白いんだけど、作者はさすがベテランYA作家だけあって少女のドラマのほうが勝ってしまうというか・・・。
 しかし、人生の終わりのほうにさしかかった主人公の心情は、同じくリタイアメント・コミュニティを舞台にした①の『The Thursday Murder Club』よりも、身につまされるというか生々しく描かれている感じがした。
 自分は人生をちゃんと懸命に生きたのだろうかという後悔。
 お金やものなどその年齢になると持っていても仕方が無い、それより孫のアテンションのほうが重要。
 ピンチの際、「もうろくしちゃってるのよ~ごめんなさ~い」でごまかせるだろうか、と実は冷静に計算してしたり。
 『The Thursday Murder Club』は、まだ50代の著者が想像したシニアの世界という感じだったけれど、こちらはその世界に生きている人が書いている分、真に迫っている感じがよりあったように思う。
 エンディングが盛り上がりに欠けたけれど、序盤~終盤はもう止まらない。典型的な「ミステリー」から少し外れた新しいタイプのミステリ小説だった。

⑥ 『The Distant Dead』(by Heather Young)

The Distant Dead: A Novel (English Edition)

The Distant Dead: A Novel (English Edition)

 作者のヘザー・ヤングは、サンフランシスコの元弁護士。この小説が長編二作目。弁護士なのに作家にまでなるとは・・・ぐぬぬぬ・・・。ひとつでいいでしょ、ひとつで。どっちかひとつ、こっちに寄こせ。また愛と金と才能が、既に持っている人に集まっている。どうしても納得がいかない。

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ヘザー・ヤングさん、同じくノミネートされた学友アイヴィー・ポコダと作品を語りあう動画https://youtu.be/u7xr590fbuYより

 しかし、これまた忘れがたい物語だった。
 小説の舞台は、ネヴァダ州のリノの近郊の小さな街。大統領選挙でも話題になった、都会の繁栄から取り残されたようないわゆる「忘れられたアメリカ」。
 さびれた街の中学校に有名大学の教職を辞して赴任してきた数学教師アダムが、街はずれの小さな集落地で凄惨な焼死体で発見された。一体アダムに何が起こったのか? 閉鎖的なコミュニティを揺るがした事件の真相が、アダムの同僚の社会科教師ノーラ、アダムと唯一心を通わせていた生徒サル、銀鉱山の労働者で集落のボランティア消防士のジェイクを通して少しずつ明らかになってゆく。
 ミステリ小説っぽくないけれど、ばっちりミステリしている。「誰がなぜ殺したか」の小説であり、ミスリードも自然。しかも、登場人物の中に「ミスリードのために無理やり作られたキャラ」がおらず、全員がそれぞれ心の中に葛藤があり、誰も悪くはないけれど全員が悪い、というような複雑な人間関係が繰り広げられている。
 アメリカのオピオイド中毒問題、数学、人類学なども含んだスケールの大きなミステリで、④の『The Missing American』、⑤の『Before She Was Helen』のようなたたみかけるようなスピード感やサスペンスは無いけれど、じっくりと人間ドラマと謎解きが味わえる。

 しかし、暗い。ものすごく暗い。シリアス。

 基本的に、墓に埋められて出られない人が「出してくれー」と言っているのを聴いているような小説で、悲しく重い話を読む覚悟が必要。
よくもまあ、こんな悲しい話考えられるなあ。しかし、現実にこれに近い悲しみを背負って生きている人はどこかに必ずいるはず。
 私は、数年前に朝のワイドショーにあえて顔出し・実名で出演していた、うっかり赤ちゃんを車の後部座席に乗せていることを忘れて買い物に行ってしまった母親を思い出した。赤ちゃんは熱中症で亡くなり、その母親はそれ以後毎日その子の写真を見ながら後悔の中で生きるしか無い人生を送っている。「どうか皆さん、私のような間違いは私で最後にして」、悲痛な表情で訴えていて、胸が苦しくなったことを覚えている。世の中には、「ごめんなさい、もうしません」ですまされない苦しい苦しい過ちがある。そして、それは誰の身にも起こり得るのだ。これは、決して関係の無い誰かの遠いお話ではないのだ・・・。

ミステリ小説って結局なんなの?

 以上、6作品を簡単に紹介しました。

 それにしても、全て読むと「ミステリ小説」というものがわからなくなる。

 エドガー賞側では特にそこに定義を設けていないわけで、自分が「これはミステリ小説です」と思ったら作品をエントリーできる。そのせいで、それこそ審査員の一人が言っていた通り、「リンゴとブロッコリーを比較評価するかのよう」に毛色の違う作品が並んでしまう。
 
 最終ノミネート作品のうち、ちゃんと職業として探偵や刑事をやっている人物が主役となって謎を解決する小説は②④のみ、①③⑥はいわゆる素人探偵もの、⑤に関しては探偵ものに入れていいのかもわからない。③に至ってはミステリの形を借りた文芸・・・?

 ほんとに・・・ミステリとはなんぞや?

 「何か謎があって、その謎を解決する小説」がミステリ小説なら、夏目漱石の『こころ』だってミステリになっちゃわない? 冒頭で「私はその人を先生と呼んでいた」とか思わせぶりな感じで読者に「先生って誰だよ、なんで先生だよ」と思わせておいて、中盤くらいで唐突にその「先生」が故人であることを明かす。
 そして、後半は読者を「なぜどうやって先生は死んだのか」でひっぱっている。これもミステリにならない?
 カズオ・イシグロの『私を離さないで』だってそう。よくわからない「提供者」だの「完了」だのという言葉で始まって、まんなかくらいで重要登場人物三人のうちの一人が既にこの世にいないことを唐突に明かしている。あれだって、人が死ぬし、「なぜ」という謎でひっぱっているし、ミステリにならない?

 なんか・・・すごくたくさんの小説が「ミステリ」に入っちゃうんじゃないか・・・?
 「ミステリ小説」というおおざっぱな枠で小説群をくくって比較するのは、やっぱりちょっと無理があるんじゃないかと6作品を通読して思った。

まとめ

 エドガー賞を徹底捜査したおかげで、一生読まなかったかもしれない作家の本を手にとり、見知らぬ世界を旅することができた素晴らしい経験だった。6作品を読んでいる間・・・

 私は、イギリスの高級リタイアメント・コミュニティで人生の先輩たちとお茶やケーキをたしなみつつ殺人事件の謎にせまり、そしてロスの都会の影のような地域で路上の女たちの生きざまを見つめ、埃とスモッグの煙が漂うインドのスラム街で子供たちの美しい瞳と大人たちの涙に出会い、ガーナでインターネット詐欺集団の黒幕を明らかにした。そして、アメリカに戻り、今度はアメリカ東海岸のリタイアメント・コミュニティーで英国でのそれとの違いを楽しみ、50~60年代のアメリカに思いをはせ、最後はネバダ州の「忘れられたアメリカ」で古代の人類とちっぽけな世界でもがく現代人の生がぶつかる瞬間を目撃した。

 素晴らしい数週間だったなあ。

 ちなみに、6作品の中から2021年の大賞が発表になるのは、2021年の4月29日だそうだけど、もう6作品それぞれの良さを堪能したので、どれが大賞かにはあまり興味が無い。多分、この先は個人の好みの問題で、優劣をつけるのは野暮というもの。これにランクをつけろと言われる審査員は大変だなあ。私だったら、①と②以外はどれでもありだなあ・・・⑥かなあ・・・。

 実生活でしんどい時間を送っていたこともあり、こうしたフィクション小説の存在にどれだけ自分が助けられているかを実感せずにはいられなかった。

「頑張れ! これに耐えたら、あの本の主人公がどうなるか、夜に続きが読めるぞ!」

 そんなふうに励ましながら日々を乗り切っている人間は、きっと私のほかにもたくさんいることだろう。ミステリ小説など読んでもなんの足しにもならないという人もいるが、ミステリ小説の作者は、誰がなんと言おうと、絶対に、偉大だ!! 人類に貢献している!!

 そして最後に・・・。

 過去に日本人として名誉のノミネートをされた、桐野夏生『OUT』、東野圭吾『容疑者Xの献身』を超えるミステリが今回の最終候補6作品にあったか、に関して。

 無かった。

 もうエドガー賞、毎年日本産ミステリのヒット作のどれかでいいんじゃない? なんとかジャパニーズ・ミステリを英語圏にもっと輸出できないものか? 早川さん、海外ミステリの輸入だけじゃなくて輸出もどうですか?

 さて・・・

 次は、ブラム・ストーカー賞*4でも徹底捜査するかな!

おまけ 2021年の大賞は・・・

 今年はCovidのせいで、授賞式がヴァーチャルになり、だれでも観られるみたいだったので、さっき最後だけちょっと観てきました。
 2017年にノミネートされていたアラフェア・バーグさんが司会。今年の長編部門は425作のエントリー作品を9人で審査したそうです。

 大賞は、

③ 『Djinn Patrol on the Purple Lineブート バザールの少年探偵)』(by Deepa Anappara)

でした。びっくり。すごくいい小説だし泣きながら読んだけど、ミステリの文学賞・・・うーーーーん・・・。

 作者のディーパ・アーナパーラさん、受賞スピーチで今、コロナで危機に陥っている祖国インドへのサポートを呼びかけていましたよ。

 司会のアラフェア・バーグさん、「来年こそちゃんと靴履いて授賞式したいですね!! 私、今、履いてないんですよ(Zoomで脚うつらないから)」。

 本当に、一日も早い終息を願います。

blog.the-x-chapters.info

*1:「アメリカ探偵作家クラブ賞」と書いてある帯文もたまに見かけるけど、両者は同じ賞

*2:暴力表現が少なく、日常に起こる身近な謎を扱ったものが多い。殺人が起こらないことも多い。赤川次郎みたいな雰囲気

*3:「クレメンタイン」という女性名の愛称

*4:米国ホラー作家協会主催のホラー小説界のアカデミー賞