THE X-CHAPTERS

米国から本の話題をお届け

マイケル・ルイスのパンデミック検証本 ヒーローはCDCなんかじゃない!!『The Premonition(邦題:最悪の予感: パンデミックとの戦い)』(by Michael Lewis)

 
 現在、アメリカ国内は、ワクチンばらまきが功を奏して、各地のコロナウィルスの感染者数は激減。もうすっかり「ウエーイ終わった終わった」ムード。

 それにしても、アメリカさんよ。
 アメリカのコロナ対策は、全世界が認めるひどい有様だった。死亡者数は間もなく60万人を越えるのではという段階に達している。
 感染防止のためのちょっとの我慢も共闘もできなかった国民で溢れたそんな国が、バンバン金にモノを言わせてワクチン量産し、さっさと「ハイ終わり」とばかりに旅行だのパーリ―だのと浮かれているこの理不尽・・・。
 日本国民なんて一丸になって感染防止対策頑張ったのに、嫌々オリンピックやっておもてなししなくちゃいけないし、なんにもいいことないじゃないか!!!!! 
「日本は優秀な感染対策のため、コロナの深刻度が最も低い国のひとつ。だから、ワクチン接種の緊急度が低い」、って!? 
納得いかーん!! 頑張った国民に何かいいことないんかい!!
コツコツ節約を続けて子供のために進学資金を貯めていたら、
「あんたんとこお金あるから必要無いね」
と言わんばかりに大学から奨学金を貰えなかったというご家庭の話を思い出す。散財しときゃよかったというのか?
日本ももっとバタバタ人が死んでりゃよかったのか!? 

何かが…何かが間違っている。

 アメリカって、アメリカのハイスクールものの映画によく出てくる金持ちのドラ息子みたい。一応、映画では最後にそういう役回りのヤツがギャフン(死語。本当にギャフンって言ってる人に会ってみたい)となって、コツコツ系の人がハッピーになるから、きっと最後に勝つのは日本みたいな国・・・と信じたい。

 ほんと、日本政府、頼むよ! みんな我慢して頑張ってるんだから!!

マイケル・ルイスが新分野開拓?

 さて、そんなアメリカ国内では、良くも悪くも「終息ムード」を受けてか、コロナ関連の検証本が次々と出されるようになってきた。
 ノンフィクションの人気作家、マイケル・ルイスまで出しやがりました。2021年5月刊行の新刊で、アマゾン、NYタイムズ紙のノンフィクション本のランキングで6月9日現在揃って第5位。売れてます。
 マイケル・ルイスは、金融業界でのキャリアを経て作家デビュー。アメリカの橘玲? でも橘さんのように小説は書いていない。ノンフィクション一筋。
 日本でも著作の多くが翻訳出版されている。そして、ノンフィクション本なのにエンタメ界との相性がいいのかメジャー・スタジオにAリストセレブリティ主演で複数回映画化されている。サンドラ・ブロック主演の2009年の映画『The Blind Side(邦題:しあわせの隠れ場)』、クリスチャン・ベール主演の2015年の映画『The Big Short(マネー・ショート 華麗なる大逆転)』、ブラット・ピット主演の2011年の映画『Money Ball(マネーボール)』、これらは全てマイケル・ルイスのノンフィクションが原作。

 金融・経済・ビジネス(+スポーツ?)に強いノンフィクション作家というポジションだったマイケル・ルイスが、今作では医療や科学の分野に挑んでいる。
 しかし、今回の著作も、まるで映画のようなドラマチックなエピソードを発掘するのがやはり上手く、これまた映画化されそうな感じのザ・マイケル・ルイスなノンフィクションになっている。

無名のヒーローたちの戦いが中心

 一応、本のテーマとされている、アメリカのウィルス感染対策失敗の元凶を探る箇所は、実は本の半分くらい。
 本の中心となっているのは、ブッシュ政権の頃から、パンデミックに対して警鐘を鳴らし続け、正しい感染防止対策を練っていた非公式のグループ。中でも、特にそのグループで中心的な役割を果たした在野のICUの医師、そのグループと共闘することになったカリフォルニアの公衆衛生官に関しては、彼らの生い立ちにまでページが割かれ、「彼らの本」という感じになっている。

「アメリカは、なす術も無くウィルスに屈したわけじゃない。
こんなすごい人たちだっていたんだ。
彼らがいなかったら、もっともっとひどいことになっていたんだ。」

 あまり脚光が当たることが無い「彼ら」の勇気と献身に脚光をあてた、そんな本。

CDC批判本

 
 今回、アメリカがここまで悲惨なことになるのは、見える人には見えていたというわけ。
 しかし、オバマ政権下で起こった豚インフル危機が幸か不幸か大して思い切った感染対策をせずに運よくなんとなく乗り切れてしまったこと、国内の公衆衛生の仕組み、下の声が届きづらい非効率な大組織の人事システム、そういったものが迅速な感染対策のボトルネックになってしまった。
 そして、本書でもしかしたらトランプ政権よりはっきり批判されているのでは、という扱いになっているのが、あのCDC(アメリカ疾病予防管理センター)。
 そう、あの感染症対策の世界的な権威でありリーダーである研究所として映画や小説にもよく登場するCDC(Centers for Disease Control and Prevention)です。アトランタを拠点に、世界中の危険な致死性ウィルスと戦う感染症研究機関の最高峰、という位置づけだったはずなのに・・・。アメリカ国内のマスク着用とかビジネスや学校再開のガイドラインもすべてこのCDCが作成発表していて、私もCDCの指導には全幅の信頼を置いていた。
 しかし、このCDCが有事にいかに使えない奴らか、これでもかこれでもかというくらい書かれている。

「CDCは平和な時にだけ役立つ大学」
「実際にはなんの決断もせず、メンタル・マスターベーションしてるだけ(一生懸命問題を考えてそんな自分に満足しているという意味)」
「後で責任を問われることを怖がって決断できない腰抜けばかり」
「名前を疾病予防管理センターじゃなくて疾病観察報告センターに変えたら?」
「仕事しろ、CDC」
「ファッ○・ユー、CDC」

 上記は、この本の実質的な主人公の一人である公衆衛生官の女性の言葉。実に豊富な語彙で長年のCDCへのフラストレーションをぶちまけています。現場の人から見ると、CDCはどんくさく優柔不断なだけ。一刻を争う状況でも「判断するだけのデータが足りない」などとほざいている。しかし、現場の人たちは、データを集めているうちに人がばたばた死んでしまう状況にいる。
 結局は、自分の決断やそのタイミングひとつで、救える命を失ったことがある人とそうでない人では生きている世界が違う。一度でもそうした重い決断を迫られたことがある人は、感染防止対策に関しても一貫して、「生命至上主義」。一つでも多くの命が失われないように全力を尽くすという思考からぶれない。「そうは言っても経済が・・・」、「休校したらご飯を食べられない子供が出てくる・・・」、「人々のメンタルヘルスは・・・」、こうしたことより「まず命」、それ以外のことはあとで考えるという感じ。
 

モンタナ州のマン渓谷の火災を思い描こう

 ここで一つ、この本の中で繰り返し使われている重要なウィルスのメタファーである「火」に関するエピソードを紹介したい。このエピソードに、感染防止対策がいかに専門家以外に理解されづらいかが如実に表れている。

 1949年8月のある日の午後、モンタナ州のマン渓谷地帯で山火事が起こった。
 4時10分。
 その頃はアメリカ合衆国森林局といったものも無く、地域から集められたお互いに面識の無い17~23歳を中心とした若い15人のスモークジャンパー(降下消防隊)の精鋭たちがパラシュートで現場に降り立った。彼らは、重装備と消防斧を背負って、マン渓谷を少数のチームに分かれ、徒歩で降りて行った。
 遠方からは小規模な火災に見え、かつ地形も以下の通りなのでそれほど難しいミッションとは思われていなかった。川があるから。彼らは急こう配の尾根を下って川を渡り、火災に対処するという予定だった。何かあったら川に入って逃げ、元の道を引き返せばいい。

f:id:AgentScully:20210607195340j:plain
マン渓谷の火災、当初の消火計画・・・誰かいいお絵かきソフト教えて下さい

 
 しかし、尾根を下った5時45分に彼らの見たものは・・・

f:id:AgentScully:20210607200405j:plain
川を越えて降下中の尾根にも引火

 遠方からは小さな火災に見えたのに!! 背の高い草のせいで、火災が川を飛び越えていたのがわからなかった!! もう、逃げるしかない!!!
 しかし、唯一の避難ルートは降りてきた急こう配(76%)の尾根を登って引き返すのみ。背後には、時速50キロ~60キロの追い風の力を借りて指数関数的に速度を増しながら迫ってくる約9メートルの炎の壁が!! 
 5:45には時速1.9キロで移動していた炎が、一分後の5:56には消防士の腕時計が溶け出すくらいに近くに迫っていた。この直後、炎は彼らを捕らえ、15人のうち10人がこの時点で焼死。重装備と消防斧をつけたままの者もいた。
 残りの5人は、急な尾根を上りながら避難するも、その途中で火に追いつけれた二名がまた命を失い、装備をかなぐり捨てて勾配を上り続けた3名が頭頂部までたどり着き、生き延びた。しかし、その3名のうちの2名も数日のうちに入院先でやけどのため亡くなる。
 結局、15名のうち、生き残ったのは33歳のリーダー、ワグ・ドッジだけだった。
 ワグ・ドッジは生き残るために何をしたのだろうか?
 避難を開始してからたった10分後の5時55分。なんと、彼は唯一の逃げ道であり今まさに必死で登っている尾根の行く手に火を放ったのである。そして自分で放火したその火を通り抜けて避難を続行。

f:id:AgentScully:20210607202853j:plain
よくそんなこと思いつくよね・・・

 メインの火は、既に燃えている所を通ることができなかったのか、ワグ・ドッジの放火で作り出した小さな火を避け横を通って行った。彼には火の無い安全な避難路が確保されたのである。

f:id:AgentScully:20210607204724j:plain
まんなかの小さな火が後に言うところの「エスケープ・ファイア」

 ワグ・ドッジは、他の隊員にも装備を捨てて、自分が放火した火を通れと必死で指示したものの、寄せ集めチームのリーダーに過ぎなかったドッジの言葉に従う者はいなかった。まあ、正直、パニックで気がふれただけに見えなくもない。説明の時間も無かったのだろう。
 ワグ・ドッジのとっさの避難術は前例が無いものだったが、それ以降、「エスケープ・ファイア」と呼ばれ、草原火災での避難術のひとつとして採用されていると言う。

 なぜ長々とこの話を書いているかというと、このたった10分のうちに起こった痛ましいエピソードがまさに、感染症対策の難しさを象徴しているから。

「中国で新型肺炎が猛威を振るっているらしい」=草原の向こうに見えた火災
「国内で、海外渡航歴の無い市中感染者1-2名」=炎は川を渡って指数関数的に加速して迫っている

 これが、感染症をよく理解している専門家の感覚で、一般人には非常にわかりづらい。マン渓谷で消火隊のリーダーがほかの隊員を説得できなかったように、国のトップやら一般人やらへの啓蒙活動をしているうちにどんどん犠牲者が増えてしまう。

煙が無くなるまで待っていることはできない。
事態がはっきり見えるようになった時点で、もう手遅れになっている。
パンデミックより速く走って逃げることなんてできない。走り始めた時には、もうパンデミックはあなたのところにいるんだから。
何が重要かを見極め、そうでない物は全て捨てよ。エスケープ・ファイアにあたるものを探し出せ。

You cannot wait for the smoke to clear: once you can see things clearly it is already too late.
You can’t outrun an epidemic: by the time you start to run it is already upon you.
Identify what is important and drop everything that is not. Figure out the equivalent of an escape fire.

From The Premonition by Michael Lewis

 これは、本書の重要登場人物であるICUの医師の言葉。
 
 昨年2020年の冬、安倍首相が唐突に日本全国の学校を休校にするように、と発表した時は、「えっ、ずいぶんと突然な・・・すぐにそこまでしなくちゃいけないの?」ときょとんとしてしまったけれど、今思えば、上記の医師のように早い段階で見えない危機を理解し、政府を強く説得したグループが日本にもあったのだろう。日本は、エスケープ・ファイアを放ち、皆がそこを通ることを選んだのだ。

 あの決断が1週間遅れただけで、大きな差を生んでいた。それは、カリフォルニアとニューヨークのその後の犠牲者の差を見ればよくわかる。カリフォルニアは決断が早かった。どうしてなのかは、本書に詳細に書かれている。

 本当にあの当時は、マン渓谷の山火事の、生死を分けた10分間だったのだ。

公衆衛生官というお仕事を知っていますか

 そして、この本は、Public Health Officer(公衆衛生官、衛生担当官)のお仕事紹介本でもある。私は、こんな重要な役職が存在することをまったく知らなかった。日本でも名称は違えど、同じような役職が存在するはず。多分、所属は保健所・・・?
 この公衆衛生官の感染症担当者の権限がすごい。彼らの命令を覆せるのは知事のみ。警察も従わなくてはならない。感染症を持っている人が市中をぷらぷらしないように、感染が判明したら隔離監視命令。会社や学校などの施設閉鎖命令も彼らの役目。高齢者施設の入所者避難命令を出すエピソード、悪徳クリニックのライセンスはく奪に関するエピソードも出てくる。とにかく、人の命や生活に大きく関わる決断を即座に下し、責任を持たなければならない過酷な仕事。
 医師免許を持ち、医師のトレーニングを受けた専門家があまり良いとは言えない待遇で引き受けている役職のようで、多分医師業界でも彼らの仕事を正確に説明できるものは少ないだろうとのこと。
 このあまり日の当たらない公衆衛生官というお仕事がこれでもかこれでもかというくらい作中では紹介されている。直接コロナウィルスには関係の無いエピソードも多いのだけれど、コロナのところより面白いかも? これで本を一冊書いてほしかったくらい。
 地域の感染症対策は、彼らの決断にかかっている。しかし、やるべき仕事をしただけなのに、その中には感染対策を目の敵にする一派に敵視され、生活や安全を脅かされている者もいるという。

サンタ・クララ郡の保健衛生官であるサラ・コーディは、国内で初のコロナウィルスの感染が発見された後、国で一番最初に自宅待機命令を発した。今や彼女は、24時間体制の警察の警護が必要になっている。

Sara Cody, the health officer in Santa Clara County, had issued the country’s first stay-at-home order, after finding the country’s first domestic transmission of COVID—and now Sara Cody needed round-the-clock police protection.

オレンジ・カウンティの衛生官、ニコール・クイックは、担当地域でウィルスが猛威を奮っているのを受け、マスク着用義務命令を発した。CDCがマスク着用の必要性に対してあいまいなことしか言っていなかったのに。彼女は、仕事をやめ、しまいには身の安全が脅かされているため国外に出た。

Nichole Quick, the health officer in Orange County, seeing the virus rampaging through her community, had issued a mask order only to have the CDC waffle about the need for masks. She’d been run out of her job and, finally, for fear of her safety, the state.

 まったく・・・アメリカってやつは・・・暇なんですかね? こういう人達まで脅す時間があるっていうのは。たかがマスク、布切れ一枚にそこまで執念燃やして反対できるそのエネルギ―。すごい。発電とかに使えないのか。

 それにしても公衆衛生官・・・なんて報われない仕事なんだ。世の中、こういう多数の人の命に関わる、ものすごく重要だけど存在を知られていない職業ってほかにもたくさんあるんだろうなと思わされる。
 

日本はべた褒め

 ところで、気になる日本に関する記述だけど、結構多かった。もうべた褒め。というか、昨今の米国のメディアでは自国の批判はどんどんしていいけれど、他国の批判は国内の移民感情やら差別やらを気にしてか、かなり控えめにしなくてはいけない空気がある。だから、アメリカ以外の国に関しては、褒める以外あまり書けない。中国に関しても、
「中国政府は何かを隠しているに違いないから、発表するデータも信用できない」
とは絶対に書けない。
「中国は、実際の感染者の把握に遅れをとっていて、発表するデータも正確な状況を把握できていない可能性があった」
みたいな、非常に気をつかった表現になっている。
 そういう「他国の批判は書けない」というムードを差し引いても、日本に関しては手放しの敬意と感謝の嵐。
 具体的には、ダイアモンド・プリンセス号の乗客とクルーに関するデータを迅速・かつ正確に世界に向けて発表したことに関してである。それが新型ウィルスの潜伏期間や再生産率、年齢別の重症化リスク、死亡率の推定にどんなに役に立ったか。日本の科学者たちがいかに正しいことを正しいタイミングで行ったか。

カーターは、暗い洞窟をマッチ一本で探索しているようなものだと感じていた。日本人たちが投光照明を運び入れるまでは。

Until then, Carter had felt a bit like a man searching a dark cave with a match; the Japanese were about to wheel in floodlights.

 日本は、その時点でおそらく世界唯一の科学的に信ぴょう性の高い新型ウィルスに関するデータをとって、きちんと世界にそれを公表した。これが無ければ、各国の感染対策はもっと遅れ、ウィルスの犠牲者になった人がもっと増えていたはず。それは、あなただったかもしれない。わたしだったかもしれない。
 日本のどなたがこの仕事にあたったのかはわからない。しかし、日本にも素晴らしいチームと、おそらくそれを率いた素晴らしいリーダーがいた。

 世界は名前の出ないヒーローでできているのだなあと思う。

もっと恐ろしいウィルスがアメリカに来たら

 
 他にも、ウィルスの遺伝子解析技術のことや、ワクチンがなぜこんなにも早くできたのかに関してなど、本当に面白いトピックで溢れていて、まとめるのが難しいもりだくさんな本だった。
 しかし、すべて読み終わると、感じるのは、コロナウィルスより恐ろしいウィルスがアメリカに来たら、もうどうにもできないだろうという無力感である。アメリカは今回のことから何を学んで、何を変えられるのだろうか。
 多分、州という「小さな国」の寄せ集めである連邦国家という成り立ちからして、効率の悪い感染症対策しか今後もできないのではないかと思う。

 本書に登場した公衆衛生官の言葉が重い。

「かつては何か大きな存在が助けに来てくれると思っていた。
しかし、そんなものは来ない。
自分しかいない。自分がやるしかない。」

 結局、パンデミックのような事態になったら、自分の足でしっかり立って自分の頭で考え決める、それができるかどうかなのかなと思う。個人個人がそうして生きていくしかない。後は運。大きな力など当てにならないのである。

blog.the-x-chapters.info
blog.the-x-chapters.info